かかりつけ医と在宅医療

前回からだいぶ間隔があいてしまいました。在宅関連の診療報酬改定について,とりあえず新年度を控えた現時点での雑感を書き残しておきます。

同一建物への訪問診療が大幅に引き下げられたことでこれまでの在宅主治医が撤収してしまい,有料老人ホームやサービス付き住宅に入居する方々が困るのではという指摘はやはりあちこちでされているようです。この3月に在宅医療関連学会が続けて開催されていたのですが,そこでの講演やシンポジウムでくり返し強調されていたのが「かかりつけ医による在宅医療」でした。ここで想定されている「かかりつけ医」というのは通常の外来診療と並行してその合間に在宅医療をおこなう一般診療所を指しているようです。厚労省としては在宅医療の供給側へのインセンティブによって病院を退院した患者さんの受け皿を増やそうとしたものの,在宅専門クリニックが乱立して「不適切事例」が槍玉に上げられる結果となってしまい,方針変更せざるを得なかったという事情なのかもしれません。

一方主導権を振られた日本医師会の先生方は張り切ってい(るように見え)ますが,在宅医療の担い手である「かかりつけ医」を掘り起こすための方策として具体的に挙げられたのは従来からある生涯研修教育やグループワークといったもので,これは要するに「意識を変える」ということです。意味がないとまでは言いませんが(当方も一応関わっている仕事ではあります),これまでの実績を考えると,率直に言ってどこまで勝算のある話なのかな〜とは思います。医師会といえどもあくまで任意団体であって会員医師に対する強制力なんてありませんからね。近い将来在宅医療・介護の連携拠点が国や都道府県から市町村に移管されることになった際には,柏モデルのように行政と地域医師会が主体となることが想定されているようですが,その時になって実際問題やる人間がいない…という事態にならないといいのですが。

当の在宅医はというと,少なくとも在宅医療推進政策以前から頑張っておられる意識の高い先生方は「これまで通りの診療を続ければ良い」というスタンスのようで,厚労省とそれに協調する医師会に対する異論は個人レベルにとどまっているように見受けられました。もっとも「不適切事例」として槍玉に上げられるような在宅医はそもそも公の場で異議を唱えることもなく静かに退場するのかもしれません。

当方個人としては必要以上に訪問診療をおこなったり在医総管を算定しているつもりはありませんし「これまで通りの診療」を続けてもそれほどのダメージはないのですが,それでもやはり釈然としません。やはり「質の向上」を謳い文句にした改定によってどうも質が向上しそうな気がしないのと,採算を度外視しても頑張る意識の高い在宅医をロールモデルにするとますます参入ハードルが上がって長期的には供給不足が解消せずに結局は患者さんが不利益を被るんじゃないかという懸念がどうしても残ります。というかまさに当方のいるポジションへそのしわ寄せが直撃するのではないかという…orz

在宅不適切事例の適正化

来年度の診療報酬改定について在宅関連だとやはり「在宅不適切例の適正化」(P55)が話題になっているようです。

在宅医療を担う医療機関の量的確保とともに、質の高い在宅医療を提供していくために、保険診療の運用上、不適切と考えられる事例への対策を進める。

具体的には

同一建物における同一日の複数訪問時の点数を新設し、適正化を行う

ということです。同一建物というのはこの場合要する最近増加傾向にある有料老人ホームやケア付きマンションのような「自宅」扱いの施設を指していて,そういった施設で同じ日に多数の訪問を行うような診療形態を問題視しているのでしょう。つまり短時間で多人数を診療するのは「質の低い在宅医療」であり「適正化」しなければならないとの見解です。

具体的にはどうするかといえば,要するに施設を同じ日に訪問した場合の点数をバッサリ削るということのようです。今回の改定を議論する過程で在宅患者の紹介ビジネスが大きく取り上げられたというあたりでここが狙われると予想した向きは多かったと思いますが,ふたを開けてみると予想以上で,例えば無床の従来型在宅療養支援診療所で院外処方の場合,在宅時医学総合管理料(在医総管)としてこれまでは4200点を算定できましたが,同一建物については来年度からはなんと1000点まで切り下げられます(自宅の場合は従来通り)。これは有床でも強化型でも院内処方でも同様です。

ちなみに在医総管を算定していない場合でも,通常の訪問診療料についてはもともと同一建物だと830点から200点に切り下げられていたのですが,来年度からはさらにカットされて100点です。こうなると外来で診療するのとあまり変わらないことになってしまいます。

これまで通りの診療報酬を前提にしていた施設訪問主体の在宅クリニックは,おそらくイチから経営プランを立て直さなければならないのではないでしょうか。当院は金額の比率でいうと施設訪問の割合は多くないのでそれほど影響はなさそうですが,かといってこれでいいとは思えません。本来,独居や老老世帯が増加もあって自宅での家族介護の限界が目に見えてきた結果,自宅外の「在宅」という方向性を示してきたのは厚労省自身の筈です。

疑問に思うのは,こういう方法で「質の高い在宅医療」が実現できるのかという点です。数をこなしている「質の低い」在宅医の診療報酬をカットすれば質が高くなるかといえば,さらに数を増やして対応するか,そもそも在宅から撤収するかでしょう。「質の低い」在宅医を排除することが効果的なのは,前提として在宅医療の供給が十分にあって,なおかつ「質の低い」在宅医がそうでない在宅医を駆逐している場合ではないかと思うのですが,果たして現実はそうなんでしょうか。しかも「同一建物」という基準に質の評価は含まれませんから,下手をすれば「質の高い」在宅医までまとめて排除されてしまいます。

「質の悪い」在宅医が参入するくらいなら供給が不足してもやむを得ないというのも考え方としてはあるのかもしれませんが,その場合には,急性期→回復期→在宅という全体の構想が破綻するような予感がするのですがどうなんでしょうか。それとも当方が思いつかないだけでうまい解決策があったりするんでしょうか。この項続く(予定)。