混合診療解禁を巡る議論2

このところ「混合診療」の話題がメディアで取り上げられるようになりました。先日は安倍首相自ら保険外診療と保険診療が併用可能な制度を新設するように指示を出しています*1

「保険診療と保険外診療を同時に受けた場合にも保険診療分の診療報酬が支払われる」が広義の混合診療とすれば,厚労省の定めた一定のルールの範囲での「保険外併用療養費制度」は以前から認められています。このところ規制改革会議で議論されているのは保険外併用療養制度内に従来の「選定療養」「評価療養」に加えて「患者申出療養」という制度を新設しようという話のようです。

具体的には規制改革会議の資料「規制改革に関する第2次答申」(PDF)の9ページ以降にありますが,要点としては患者の申し出に応じて「臨床研究中核病院」が国に申請して保険外併用の保険診療を受けられるようにする,ということのようです。これまでの療養制度と違うのは,申請から診療を受けるまでの期間に6週間という目標を設定したこと,「臨床研究中核病院」と連携した協力医療機関でも制度を利用できるようにするという点です。ただ安全性・有効性を確認するための手続きについてはやはり今後国において検討する,としています。

規制改革会議の資料を遡ると「選択療養制度(仮称)の創設について」(PDF)にある当初の構想では,患者に対する説明と同意が担保されていれば原則保険外併用を認めるというかなり緩い,いわゆる(狭義の)「混合診療」に近いものでした。そのあとどのような議論があったのか資料や報道から推測するしかないですが,おそらくは安全性・有効性のない治療をどうやって排除するのか,説明と同意における情報の非対称性をどう解消するのかという指摘を受けて,国に申請した上で中立的専門家が判定する,という規制のかかった案で妥協せざるを得なかったものと思われます。

小泉政権時代に始まった「混合診療」解禁論は現在では一時の勢いにだいぶ陰りが見えています。患者側・医療側の反対は当初からありましたが,転機になったのは福田政権以降の社会保障政策の転換と,2011年に混合診療禁止合憲の最高裁判決が出されたこと*2,もう一つは「混合診療」解禁により医療費を抑制すべきとの主張に対し,逆に公的支出の増大を招く可能性が示されたこと*3ではないかと思います。財政的にもデメリットということになると保険者団体も反対に回るでしょう。患者自身の選択を拡大するとの大義名分も,患者団体によって否定されています*4

今回の患者申出療養は従来の評価療養に若干の規制緩和を加えた程度の,いわゆる「混合診療」としては限定的な制度であり,推進側からはむしろ「不十分」「骨抜き」と批判されるものだと思えます。もちろん今回の規制緩和の範囲でも不適切な治療による不利益が生じることは十分予想されますし警戒が必要でしょう。個人的にはこれで「混合診療」に関する議論は終わりにして,今後は皆保険制度を維持するための給付と負担をどうしていくかという本筋の議論を進めて頂きたいところです。

 

 

かかりつけ医と在宅医療

前回からだいぶ間隔があいてしまいました。在宅関連の診療報酬改定について,とりあえず新年度を控えた現時点での雑感を書き残しておきます。

同一建物への訪問診療が大幅に引き下げられたことでこれまでの在宅主治医が撤収してしまい,有料老人ホームやサービス付き住宅に入居する方々が困るのではという指摘はやはりあちこちでされているようです。この3月に在宅医療関連学会が続けて開催されていたのですが,そこでの講演やシンポジウムでくり返し強調されていたのが「かかりつけ医による在宅医療」でした。ここで想定されている「かかりつけ医」というのは通常の外来診療と並行してその合間に在宅医療をおこなう一般診療所を指しているようです。厚労省としては在宅医療の供給側へのインセンティブによって病院を退院した患者さんの受け皿を増やそうとしたものの,在宅専門クリニックが乱立して「不適切事例」が槍玉に上げられる結果となってしまい,方針変更せざるを得なかったという事情なのかもしれません。

一方主導権を振られた日本医師会の先生方は張り切ってい(るように見え)ますが,在宅医療の担い手である「かかりつけ医」を掘り起こすための方策として具体的に挙げられたのは従来からある生涯研修教育やグループワークといったもので,これは要するに「意識を変える」ということです。意味がないとまでは言いませんが(当方も一応関わっている仕事ではあります),これまでの実績を考えると,率直に言ってどこまで勝算のある話なのかな〜とは思います。医師会といえどもあくまで任意団体であって会員医師に対する強制力なんてありませんからね。近い将来在宅医療・介護の連携拠点が国や都道府県から市町村に移管されることになった際には,柏モデルのように行政と地域医師会が主体となることが想定されているようですが,その時になって実際問題やる人間がいない…という事態にならないといいのですが。

当の在宅医はというと,少なくとも在宅医療推進政策以前から頑張っておられる意識の高い先生方は「これまで通りの診療を続ければ良い」というスタンスのようで,厚労省とそれに協調する医師会に対する異論は個人レベルにとどまっているように見受けられました。もっとも「不適切事例」として槍玉に上げられるような在宅医はそもそも公の場で異議を唱えることもなく静かに退場するのかもしれません。

当方個人としては必要以上に訪問診療をおこなったり在医総管を算定しているつもりはありませんし「これまで通りの診療」を続けてもそれほどのダメージはないのですが,それでもやはり釈然としません。やはり「質の向上」を謳い文句にした改定によってどうも質が向上しそうな気がしないのと,採算を度外視しても頑張る意識の高い在宅医をロールモデルにするとますます参入ハードルが上がって長期的には供給不足が解消せずに結局は患者さんが不利益を被るんじゃないかという懸念がどうしても残ります。というかまさに当方のいるポジションへそのしわ寄せが直撃するのではないかという…orz