医療事故調査制度は始まったけれど

医療事故調査制度スタート「予期せぬ死亡」対象 - 47news(魚拓)

医療の安全確保を目的とした医療事故調査制度が始動。「診療に関連した予期せぬ死亡事案」が対象とされ、記録などに基づいて判断する医療機関の管理者の対応が問われる。制度の柱となる「院内調査」に関しては、原則とされる外部委員の選定で戸惑いも。費用や人員の確保など現場には制度運用への不安が渦巻いている。

 当ブログでも医療事故調については当初より取り上げていましたので一応区切りとしてエントリをあげておきます。当初の厚労省大綱案の全例届け出方式から院内調査優先という点はまだ現実味がありますが,システムエラーの原因を分析するという目的のために当事者個人にペナルティが科されないようにするという重要な点は厚労省の管轄内ではどうしようもないことは初めから判っていました。なかばあきらめの心境で,最後の2年くらいは議論に対する関心が薄れていたのが正直なところです。確かに社会の「自浄機能がない」という批判には応えるかたちなのでしょうけど,実際に利用した当事者にとって有意義な制度になるかどうかは疑問です。年間300人を見込むと仰っていますが,モデル事業の実績を考えるとそこまで処理能力があるようには思えません。もっとも患者さんと医療機関の不信をかえって深めるような調査であれば,あまり稼働しないほうがまだマシなのかもしれませんが。

関連エントリ

医療事故調再び - Dr.Poohの日記

多面的な「真実」に判断を下すことの困難さに加えて,そもそも現実に発生する事案に対して適正に審判を行うだけの人員と時間が圧倒的に不足するという実務的な問題も容易に想定されるわけで,患者側にとっても医療側にとっても期待に応えるものにはならないのでは,というのは個人的にはもっともな懸念だと思います。

認知症のインフォーマルケアと費用

高齢化にともない認知症の患者が増え続ける中、去年1年間に認知症の人にかかった医療や介護などの費用は、およそ14兆5000億円にのぼるという初めての推計を、厚生労働省の研究班がまとめました。

認知症年間コスト 14兆円超 - NHK 首都圏 NEWS WEB

先日このような報道がありました。大学からのプレスリリース(PDF)はこちらです。

国際アルツハイマー病協会の発表では、全世界における認知症の患者数は、2030年に7,600万人、2050年には1億3,500万人になると推計している。多くの先進国では、認知症患者の増加に伴う認知症に関連する社会的費用を試算し、認知症の問題を政策課題として位置づけ、その解決を進めている。
日本では、認知症の患者数増加が大きな問題になる中で、社会的費用については十分に推計 が行われていなかった。社会的費用の増大は、財源に限りがある一方で、それが不足すると、 患者本人や家族の状態が悪化したり、生活の質が脅かされることもある。限られた財源をい かに活用すれば認知症患者や家族の生活の質を向上させることができるか、認知症施策立案の基礎データとして、社会的費用の推計は重要である。
推計の結果、2014年の日本における認知症の社会的費用は、年間約14.5兆円に上ることが 明らかとなった。
認知症の社会的費用の内訳を、1医療費、2介護費、3インフォーマルケアコスト(家族等が無償で実施するケアにかかる費用) とし、それぞれの費用を推計した結果、以下の通りであった。
1 医療費 1.9兆円
  • *入院医療費:約 9,703 億円、外来医療費:約 9,412 億円
  • *1 人あたりの入院医療費:34 万 4,300 円/月、外来医療費:39,600 円/月
2 介護費 6.4兆円
  • *在宅介護費:約 3 兆 5,281 億円、施設介護費:約 2 兆 9,160 億円 *介護サービス利用者 1 人あたりの在宅介護費:219 万円/年、施設介護費 353 万円/年
3 インフォーマルケアコスト 6.2兆円
  • *要介護者 1 人あたりのインフォーマルケア時間:24.97 時間/週 *要介護者 1 人あたりのインフォーマルケアコスト:382 万円/年

註:PDFの貼り付けで不具合がありテキストに変更しました(2015.6.1 10:45)。

 目新しい内容としては引用された文書にもある通り,これまで認知症が社会に与えるインパクトとして患者さんの人数くらいしか(それはそれでインパクトはあるのですが)出てこなかったのを具体的な金額で明示したこと,医療介護費と違い外部から見えにくい家族による直接負担をインフォーマルケアコストとして算出したことでしょうか。計算方法に関しては推定値としての限界は当然あるわけですが,それでも家族介護による社会的負担が公的介護に匹敵する規模であるとは言えそうです。

 慶応大精神神経科教室と厚労省科学研究班の共同研究とのことで,これもなんらかの形で政策に反映されるのでしょう。今後の展望としては

この限られた財源をいかに活用す れば患者や家族の生活の質を向上させることができるか

 ということなので例のごとく「適正化」の方針で公的支出の財源を増やそうという話にはならない予感がします。ただ考えてみると医療介護の公的サービスのコストと,今回検討されたようなインフォーマルなコストを同時に抑制することは認知症の総数が減らない限りは無理そうな感じがします。

  インフォーマルケアによって失われるコストには家族による介護労働を費用に換算した分と本来得られたはずの賃金が含まれます。これが公的サービスであれば例えば同じ金額であっても医療・介護機関の収入となり,そこから投資や雇用が生じますから,こちらに財源を投入してインフォーマルケアの必要量を減らしたほうが社会全体の損失は小さくなるのではないかと個人的には思ったのですが,そのあたり経済学的にはどんなものなんでしょうか。

2014年後半のまとめ

久しぶりの更新となってしまいました。本業では在宅不適切事例の適正化 - Dr.Poohの日記でも取り上げた通り訪問診療の単価が切り下げられた一方在宅医療の需要は着実に増えており,別に在宅専門というわけではないのですが,なんだかせわしない半年でした。地区医師会でもそのあたりをどうにかしないといけないということで話が進んではいるのですが,まあいろいろと大変です。地域包括ケアとの絡みで,来年あたりから全国各地で同じようなことで悩む方々が増えてくるんじゃないかと思います。

ということであまり読書や映画観賞もできない一年でした。iPad mini電子書籍は溜まっているのですが,半分以上が未読のまま。年始年末で何とか消化したいところです。

今年の一冊

知ろうとすること。 (新潮文庫)

知ろうとすること。 (新潮文庫)

 

 原発事故の影響について糸井重里氏と物理学者の早野龍五氏の対談をまとめた一冊です。原発事故の話題だけでなく,専門家と非専門家のあいだでなされるリスクコミュニケーションについて掘り下げられた議論がされており,大変興味深く読みました。客観的な説明で払拭できない不安に対しては個別の対話が大切になる,という点は実際に関わった方の言葉だからこそ重みを感じるし,医療現場での個人的経験を踏まえても納得できました。関係ないですが,本書のタイトルはおそらくきっと「知ろうと」を「素人」にかけているんですよね。

今年の一本

 映画館で観たかったのですが時間が合わずに断念。結局iTunes storeで購入,自宅で観賞しましたが,それでも強烈な体験でした。奇想天外なストーリーがあるわけではないし(途中でちょっと驚く仕掛けがありますが),むしろ繰り返し鑑賞するためには手元にあったほうがいいのかも。観ているあいだは没入してあまり何も考えずに現実世界から離れることができるので,精神的にダウンしているときに気分がリセットできて便利です。そういう意味で個人的には「WATARIDORI」とかと同じカテゴリーの作品。

 

というわけで本年の日記はこれで終了です。来年は何回エントリを更新できるか分かりませんが,せめて今年より増やしたいと思っています。一年間ありがとうございました。