認知症のインフォーマルケアと費用

高齢化にともない認知症の患者が増え続ける中、去年1年間に認知症の人にかかった医療や介護などの費用は、およそ14兆5000億円にのぼるという初めての推計を、厚生労働省の研究班がまとめました。

認知症年間コスト 14兆円超 - NHK 首都圏 NEWS WEB

先日このような報道がありました。大学からのプレスリリース(PDF)はこちらです。

国際アルツハイマー病協会の発表では、全世界における認知症の患者数は、2030年に7,600万人、2050年には1億3,500万人になると推計している。多くの先進国では、認知症患者の増加に伴う認知症に関連する社会的費用を試算し、認知症の問題を政策課題として位置づけ、その解決を進めている。
日本では、認知症の患者数増加が大きな問題になる中で、社会的費用については十分に推計 が行われていなかった。社会的費用の増大は、財源に限りがある一方で、それが不足すると、 患者本人や家族の状態が悪化したり、生活の質が脅かされることもある。限られた財源をい かに活用すれば認知症患者や家族の生活の質を向上させることができるか、認知症施策立案の基礎データとして、社会的費用の推計は重要である。
推計の結果、2014年の日本における認知症の社会的費用は、年間約14.5兆円に上ることが 明らかとなった。
認知症の社会的費用の内訳を、1医療費、2介護費、3インフォーマルケアコスト(家族等が無償で実施するケアにかかる費用) とし、それぞれの費用を推計した結果、以下の通りであった。
1 医療費 1.9兆円
  • *入院医療費:約 9,703 億円、外来医療費:約 9,412 億円
  • *1 人あたりの入院医療費:34 万 4,300 円/月、外来医療費:39,600 円/月
2 介護費 6.4兆円
  • *在宅介護費:約 3 兆 5,281 億円、施設介護費:約 2 兆 9,160 億円 *介護サービス利用者 1 人あたりの在宅介護費:219 万円/年、施設介護費 353 万円/年
3 インフォーマルケアコスト 6.2兆円
  • *要介護者 1 人あたりのインフォーマルケア時間:24.97 時間/週 *要介護者 1 人あたりのインフォーマルケアコスト:382 万円/年

註:PDFの貼り付けで不具合がありテキストに変更しました(2015.6.1 10:45)。

 目新しい内容としては引用された文書にもある通り,これまで認知症が社会に与えるインパクトとして患者さんの人数くらいしか(それはそれでインパクトはあるのですが)出てこなかったのを具体的な金額で明示したこと,医療介護費と違い外部から見えにくい家族による直接負担をインフォーマルケアコストとして算出したことでしょうか。計算方法に関しては推定値としての限界は当然あるわけですが,それでも家族介護による社会的負担が公的介護に匹敵する規模であるとは言えそうです。

 慶応大精神神経科教室と厚労省科学研究班の共同研究とのことで,これもなんらかの形で政策に反映されるのでしょう。今後の展望としては

この限られた財源をいかに活用す れば患者や家族の生活の質を向上させることができるか

 ということなので例のごとく「適正化」の方針で公的支出の財源を増やそうという話にはならない予感がします。ただ考えてみると医療介護の公的サービスのコストと,今回検討されたようなインフォーマルなコストを同時に抑制することは認知症の総数が減らない限りは無理そうな感じがします。

  インフォーマルケアによって失われるコストには家族による介護労働を費用に換算した分と本来得られたはずの賃金が含まれます。これが公的サービスであれば例えば同じ金額であっても医療・介護機関の収入となり,そこから投資や雇用が生じますから,こちらに財源を投入してインフォーマルケアの必要量を減らしたほうが社会全体の損失は小さくなるのではないかと個人的には思ったのですが,そのあたり経済学的にはどんなものなんでしょうか。

在宅医療のマッチング


朝日新聞のトップ記事に載っていたらしいです。ネットでは一部しか読めませんが無料登録すれば全文読めます。
朝日新聞デジタル:高齢患者紹介ビジネス横行 「先生いい話あります…」 - 社会

高齢者施設で暮らす患者をまとめて紹介してもらい、見返りに診療報酬の一部を紹介業者に支払う医師が増えている。訪問診療の報酬が外来より高いことに着目した「患者紹介ビジネス」に加担している形だ。法令の規制はなく、厚生労働省は「患者をカネで買うような行為は不適切」として規制の検討に乗り出した。

介護施設といってもいろいろで,最近政策的に増えているケア付き住宅や有料老人ホームだと施設専属の嘱託医はいないので,入居している患者さんが各自主治医を探さなくてはいけないのですが,それも大変ということで施設がまとめて外部の診療所と提携していることが多いようです。当地域のような片田舎だと顔見知りの関係者も多いのでそれなりに在宅対応している主治医の名前が挙がったりはするのですが,人口密集地域だとなかなかそうもいかないでしょうし,医療法で許された広告の範囲ではどの程度在宅医療に力を入れているか伝わりません。施設としても主治医がなかなか見つからない現状で,こうした仲介ビジネスが成立するということなのでしょう。

仲介ビジネスといってもそれなりに適切な紹介ならいいのですが,

ある医師は疑問を感じつつ、話に乗った。診療所を開いて数年。「患者を得るため業者を利用してしまった。外来だけでは経営が苦しかった」と打ち明けた。

という事例のように医師側の体制を考慮せず闇雲に営業しているところもあるようで(そしてそれを受ける医師も),結果として入居している患者さんのニーズを満たすことができればいいのでしょうけど,不慣れな在宅医療に対応できなくて結局は救急搬送ばかり,ということであれば患者さんにとって(そしてそれを受ける病院にとっても)不幸です。普通に考えて仲介ビジネスはそこまで責任を持ってくれるわけではないでしょう。

この話には,政策上在宅医療を推進するために診療報酬を高く設定しているという背景があります。在宅でキチンと診療するならそれなりのコストがかかるという意味では別に問題ではないのですが,請求する要件がキチンと診療していることを担保するものになっていないこと,さらに報酬の柱となる管理料が包括支払のために医療側にとってはキチンと診療するほど利益が少なくなる制度のため,結局は医療必要度の高い患者さんを回避するインセンティブが生じることになります。実際はそうしたインセンティブを度外視する医師によって在宅医療がなんとか回っているのですが,他方ではビジネスが入り込む余地もまたあるということになります。

人口密集地域,とくに将来高齢者の増加する都心近郊でマッチングの問題が大きくなってくることが予想されるからこそ,厚労省としては「地域包括ケアシステム」を大々的に推進して,地域の行政なり地区医師会が主導してマッチングの体制を作るという目算なんでしょうけど,その恩恵を受けられるのはおそらくまだまだ先で,それまではこうした民間サービスが活躍する余地があるわけです。最近では厚労省もこうした仲介ビジネスを問題視しているのが各種資料からも読み取れます。

ただ問題視するのはいいのですが,どのような対策を考えているのかは気になるところです。記事中の業者が口にしているように「グレーゾーン」として規制するというのはありそうですが,民間業者がマッチングが適切に行われるために有効な規制というのはちょっと考えても難しそうな感じがします。それともマッチングそのものを禁止してさらに混乱を招くというパターンでしょうか。

もうひとつの可能性としては,仲介ビジネスが入り込んでいるのは現在設定されている在宅医療の高すぎる診療報酬を狙っているからであり,そこを抑制するという発想です。厚労省は以前に同一建物(マンションなど)の訪問診療は不適切な事例があるとの理由で点数を切り下げたという前歴があるので,この線も捨てきれません。むしろ陰謀論的に考えれば,次回診療報酬の議論をしているこの時期に新聞の一面でこういう記事が出てくることに何らかの意図を感じる,ということかもしれませんが…。

個人的には,診療報酬についてはキチンと診療することに対するインセンティブが働くような制度になれば,不適切なマッチングが入り込む余地は少なくなるように思うのですが,これも具体的にどうするのかはそれほど簡単ではないでしょうね。そもそも適切なマッチングが機能しない限り根本的な解決にはなっていないわけですし。

 

老人漂流社会


NHKスペシャル|終(つい)の住処(すみか)はどこに老人漂流社会

ささいなきっかけで漂流が始まり、自宅へ帰ることなく施設を転々とし続ける「老人漂流社会」に迫り、誰しもが他人事ではない老後の現実を描き出す。さらに国や自治体で始まった単身高齢者の受け皿作りについて検証する。その上で、高齢者が「尊厳」と「希望」を持って生きられる社会をどう実現できるのか、専門家の提言も交えて考えていく。

NHKといえば昨年5月にもう病院で死ねない ~医療費抑制の波紋~ - NHK クローズアップ現代のなかで病院を退院して在宅で療養せざるをえない高齢者を取りあげていましたが,今度は在宅どころか,住むところも見つからないという話です。ドキュメンタリーの部分に関してはNHK的脚色が加わっている可能性を考えないといけませんが,そのあたりを考慮に入れてもそれほど誇張しているわけでもなく,実際にこういうことがあってもおかしくはないとは思います。というか前々から,在宅在宅言うけれどそれを支える家族の介護力も介護のリソースも十分ではないのにどうするの,という指摘はあったわけですが。

識者の御意見としては,公営住宅を活用した低価格高齢者住宅を用意するとか,比較的元気なうちから最期まで過ごせる施設を作って高齢者が助け合う,ということらしいです。自助が無理で公助も増やせないから共助という発想になるんでしょうけど,個人的には,古い公営住宅って身体機能の低下したひとにはつらそうだな…とか,他の高齢者を介護できるくらい元気なひとが早々に施設に入るものなんだろうか…なんて考えてしまいます。かといってこれで解決するといった妙案がないのも確かですが,せめてもう少し介護財源を増やさないと厳しいような気がします。こんなことでは,経済政策で多少景気が良くなってもそう簡単には貯金を消費に回そうなんて気が起きないんじゃないでしょうか。