医療事故調査制度は始まったけれど

医療事故調査制度スタート「予期せぬ死亡」対象 - 47news(魚拓)

医療の安全確保を目的とした医療事故調査制度が始動。「診療に関連した予期せぬ死亡事案」が対象とされ、記録などに基づいて判断する医療機関の管理者の対応が問われる。制度の柱となる「院内調査」に関しては、原則とされる外部委員の選定で戸惑いも。費用や人員の確保など現場には制度運用への不安が渦巻いている。

 当ブログでも医療事故調については当初より取り上げていましたので一応区切りとしてエントリをあげておきます。当初の厚労省大綱案の全例届け出方式から院内調査優先という点はまだ現実味がありますが,システムエラーの原因を分析するという目的のために当事者個人にペナルティが科されないようにするという重要な点は厚労省の管轄内ではどうしようもないことは初めから判っていました。なかばあきらめの心境で,最後の2年くらいは議論に対する関心が薄れていたのが正直なところです。確かに社会の「自浄機能がない」という批判には応えるかたちなのでしょうけど,実際に利用した当事者にとって有意義な制度になるかどうかは疑問です。年間300人を見込むと仰っていますが,モデル事業の実績を考えるとそこまで処理能力があるようには思えません。もっとも患者さんと医療機関の不信をかえって深めるような調査であれば,あまり稼働しないほうがまだマシなのかもしれませんが。

関連エントリ

医療事故調再び - Dr.Poohの日記

多面的な「真実」に判断を下すことの困難さに加えて,そもそも現実に発生する事案に対して適正に審判を行うだけの人員と時間が圧倒的に不足するという実務的な問題も容易に想定されるわけで,患者側にとっても医療側にとっても期待に応えるものにはならないのでは,というのは個人的にはもっともな懸念だと思います。

医療事故調再び2

厚労省がかねてから推進していた医療事故調法案が今回提出の運びとなるようです。

医療事故の原因究明と再発防止に役立てるため、厚生労働省が法制化を目指す第三者機関「医療版事故調査委員会」について、自民党社会保障制度特命委員会・厚生労働部会合同会議は28日、2年以内に制度を見直すことなどを条件に大筋で了承した。厚労省は今国会に制度創設を盛り込んだ医療法改正案を提出する。

 法案では診療行為に関して患者が予期せず死亡した場合、医療機関は民間の第三者機関への届け出と院内調査が義務付けられる。調査結果に納得できない遺族は第三者機関に再調査を求めることができ、調査結果は警察や行政に通知しない。

 ただ、医師が患者を「異状死」と認めたケースは従来通り医師法に基づき警察に届け出る義務があり、一部の議員らが「警察が介入する恐れがある」などと反発していた。法案ではこうした意見も踏まえ、2年以内に医師法との関係性についても結論を出すとの文言が盛り込まれる見通し。

医療版事故調を設置へ 自民が大筋了承:日本経済新聞

法案に関しては昨年4月にも取り上げていますが*1,特に指摘された問題点が改善されたわけではありません。今回提出にあたり自民党内の医系議員から「事故調設置とセットになる医師の過失責任を免除する仕組みの議論が不十分」との異論が出ていて*2,提出が見送られるかもという報道*3もありましたが,結局は「2年以内の見直し」で妥協したということのようです。

医療事故を業務上過失致死という概念で扱うことの弊害と事故調によりそれが改善できないことも当初から指摘されていますが,こればかりは厚労省の管轄でいくらルール変更しても解消するものではありません。大野病院裁判があって以降医療事故の刑事告訴はなりを潜めましたが,それもあくまで検察側が消極姿勢を保っているというだけで,山本病院事件*4級の「誰が見ても医師に問題がある事例」が再度起きて世論の風向きが変わればどうなるか分かりません。いずれそうなる前に医療事故における刑法の扱いについて厚労省の枠を超えて議論しなければならなかった筈なのですが,残念ながら民主党政権時代をはさんだこの数年にそうした形跡はありません。決して現実化してほしくはないのですが,通常の医療行為が刑事事件化されるという事態が再び起きることは想定しておいてもいいと思います。

患者側と医療側の紛争解決手段という側面から期待する向きもありますが,専門領域で生じた事故を裁断するのは決して容易ではなく,さらに情報公開と再発予防はトレードオフ*5である以上,その結論の取り扱いも慎重を要します。具体的には調査結果の民事訴訟の証拠への採用を制限するという運用が考えられますが,法案審議にあたってそのような議論にはなっていません。

他にもいろいろ論点はありますが当面の現実問題として,第三者機関が鳴り物入りで設立されたとしても案件を審理するための専門家がどこからか湧いて出てくるわけではありませんから,処理能力が要求に応えられないことは容易に想像できます。そうなったときの厚労省の対応は,これまでのやり方から判断する限り,処理能力を上げるのではなく「需要」を抑制する方向にむかうのではないかと密かに考えているのですが如何でしょうか。

 

医療事故調再び


先日より厚労省の検討部会で議論していた医療事故調の案が一応まとまり,法案として提出されることになりそうです。

 18日に開催された検討部会では、診療行為に関連した死亡事例はまず、医療機関が院内で原因究明し、遺族などがその調査結果に納得できない場合、院外に再調査を申請できる仕組みにすることを確認した。ただ、遺族などが医療機関に不信感を持ち、院内での調査を望まないケースでは直接、院外に調査を依頼できる仕組みも選択肢として残した。医療機関は、再発防止につなげるために、調査結果を第三者機関に届け出ることになる。

医療事故調関連法案、臨時国会に提出へ - キャリアブレイン

議論の流れとしては,第三者機関主体の厚労省大綱案に対して医療側の大反対があり,院内調査優先の民主党案が提案されたあとに民主党政権となりしばらく沙汰止みとなっていました(このあいだに議論が進まなかったのが悔やまれます)。その後民主党政権の末期になって再び厚労省内で議論が再開,今回の院内調査と第三者機関の二段構えという方針に至ります。

過去の記事を追うと,第三者機関の立ち位置については最後の最後まで揉めたようです。院内調査が優先するにせよ調査結果をすべて第三者機関に届けるという最終的な着地点は,妥協のようでいて実質的には厚労省大綱案を受け継いだ方針のように思えますが如何でしょうか。

検討部会に参加されていた中澤堅次先生は第三者機関に対して否定的な見解を表明されています。

第三者機関に寄せられる期待は、隠蔽・改竄、故意の犯罪などの摘発もありますが、最も大きな期待は、死に関連した医療行為の是非を専門家自身が判定する難しい作業を行うことです。事故の被害者は、悪い結果に医療の失敗を疑い、すべての事例に専門第三者による明確な判断を求めます。また医療側には事故に関するいわれのない訴追や、警察捜査を回避するため、同じ専門第三者にお墨付きを求めるという期待があります。
このように第三者機関設立に寄せる思いは、立場により異なり、求めるものも正反対ということになりますが、第三者に難しい専門的な結論を下してもらうところだけが一致し、大きな流れになってしまっています。しかし、死と医療との現実は変わるわけは無く、双方に不信感が大きくなればなるほど、第三者は深刻で分かりにくい判別を無理に下さなければならないジレンマを抱えることになります。

厚生労働省医療事故調査検討部会における二つの流れ - MRIC by 医療ガバナンス学会

多面的な「真実」に判断を下すことの困難さに加えて,そもそも現実に発生する事案に対して適正に審判を行うだけの人員と時間が圧倒的に不足するという実務的な問題も容易に想定されるわけで,患者側にとっても医療側にとっても期待に応えるものにはならないのでは,というのは個人的にはもっともな懸念だと思います。

そう考えると,本来の目的である再発の防止に寄与しないのでは,という大綱案で指摘された問題は本質的に変わっていません。なおかつ調査結果を責任追及に用いることが制限されないとすれば,当事者のあいだで事実を共有し現実と折り合いをつける過程が妨害され,紛争が助長される可能性は大きくなります。このままだと最良でも無用の長物,悪ければ医療現場の崩壊を後押しする法案になるような気がします。まあ法案提出までにまだ一波乱あるのかもしれませんが,それにしてもこんなにあっさり方針が決まってしまうとは,以前の厚労省大綱案に対するあの騒動は一体何だったんだろう…というのが実感です。