医療の不確実性と医療費抑制
本来医療は不確実な側面を有し、期待が完全に満たされるとは限らない。(その認識が)医療従事者と患者の間の信頼関係悪化を食い止める。
この文章だけを読めば,これまでに医療現場を知る方々が繰り返してきた主張であり,小松秀樹先生の「医療の限界」でも重要なテーマでした。注目すべきは,この文章が2007年版厚生労働白書の中に記されている(と報じられている)ことです。つまり厚生労働省の公式な見解なのです。
つい厚生労働省の認識がずいぶん真っ当になったのかと思ってしまいますが,上記の主張が述べられている文脈は「医療の限界」とは大いに異なります。
今後の方向としては、総合医としての開業医育成、診療所と大病院の役割分担、勤務医の負担軽減を唱えた。企業には労働時間短縮による従業員の健康確保などを要望し、国民には節制のほか、「望ましい受療行動」としてかかりつけ医を持つよう求めている。
開業医の重視は、在宅医療推進による医療費抑制の意図が込められている。白書には「本来医療は不確実な側面を有し、期待が完全に満たされるとは限らない。(その認識が)医療従事者と患者の間の信頼関係悪化を食い止める」と記し、開業医不信に基づく患者の大病院志向を戒めている。
(cache)毎日新聞 - 07年版厚労白書:開業医重視を提言 国民に意識改革迫る
要するに医療費を抑制するという目的のために開業医は「総合医」として育成し,病院ではなく開業医へ誘導したい。その結果患者さんの期待は満たされなくなるが,本来医療とは不確実なのだからそのことを認識するように求める,ということのようです。
医療の不確実性というものは開業医はもちろん勤務医であっても逃れることは出来ず,ましてや患者を病院から開業医へと誘導する根拠にはなりません。医療の不確実性に対する患者側の無理解は確かに医療崩壊の一因ではあるのですが,そもそも医療費抑制政策そのものが労働環境の悪化を招き,その結果不確実性がますます増大している訳で,医療の不確実性に対する認識を共有することで医療費が削減できるなんていう論理は完全に破綻していて,ほとんど詐欺同然だと思います。
まあ余計な心配をしなくても厚労省の紙切れ一枚で医療の不確実性に対する一般の認識が急に変わるわけもなく,現実に期待に添えない医療が提供された患者さんの不平不満は現場の医療者が一身に受けることになるんでしょうけど。
- 追記(9/1):病院にかかっている負担を軽減するためには,患者さんが病院より診療所を選んで受診するような方策そのものは必要だと思います。→■医療コンシェルジュ ■受診制限による医療者の負担軽減