ジローラモとイタリア医療


コラム断 ジローラモ 救急外来のあるべき姿(cache) - SankeiWeb 2007/09/16

イタリアの救急は、急を要するわけだから、搬送患者を拒否できない。先に順番を待っている救急患者より、もっと急を要する容体の患者が搬送されればそちらが優先されるといった具合で、断るなんて考えられない。


おそらく最近のたらいまわし報道を踏まえた一文と思われますが,はてなブックマークid:NATROMさんがコメントしている通り,病院での受け入れさえ可能であれば,急を要する重症の患者さんが先に待っている方より優先されるのは日本でも同様です。受け入れ可能な施設そのものが見つからずに搬送に時間を要する事態は確かに問題ですが,個別の病院が努力して改善するにも限界がありますから,ここを責めても仕方ないかと思います。どちらかというとジローラモ氏自身よりも,適切なチェックを入れず掲載した産経新聞に悪意を感じますが。


話は変わりますが,そのジローラモ氏が自慢するイタリアの医療制度はどうなのかが気になります。このエッセイによれば

  • 居住区の地域保険局で医療保険制度に加入,保険医リストの中から自分で医師の選択。保険証が発行される。
  • 具合が悪くなった場合まず,かかりつけ医に通い診察を受けられる。費用は無料。
  • 薬は処方箋(せん)薬局を紹介される。
  • 専門的な治療が必要な場合はクリニックを紹介され、ここからは有料。
  • かかりつけ医は、自分の受け持つ保険住民数、実際に診察した患者数で額が決まる給与を政府から受け取る。
  • 緊急の場合は、自ら救急病院へ行くか、救急車を呼ぶかの二択。
  • 救急病院での治療は、医療保険に加入していなくても無料。

ということで,専門的な診療がいらない場合もしくは緊急時には低負担で医療が受けられるという主張です。個人サイトもいくつか*1を読んでみたのですが大筋ではこの通りで,ジローラモ氏が胸を張るのも一理あるかもしれません。おそらく公的医療保険や税金という形で国民が広く負担しているということでしょう(詳細はよく分かりませんでした)。ちなみにイタリアのGPD比医療費は8.9%でOECDの中では30か国中17位(イギリスや日本よりは上でカナダよりは下)で飛び抜けて高いわけではありません。

「かかりつけ医」はイタリアでは「保険医」に相当し,診察料は無料,往診も可ですが処方と検査は完全外注で,その内容には厳しい制限(同一処方箋に2種類以上の処方不可,臨床検査は8項目以上不可)があり,また24時間対応というわけではなく,診療時間外は夜間休日当直医もしくは救急外来のお世話になるとのことです。*2


外務省のサイトでは以下のようになっています。

医療水準は日本及び他の西欧先進諸国と同様で特に問題はありません。公立病院では外国人でも無料あるいは低額で受診することが可能ですが、患者で混雑していて時間がかかること、また通常、英語での対応が困難です。私立病院では、設備・スタッフ環境ともに良好で英語での受診が可能ですが医療費は高額です。また、こうした私立病院や公立病院に籍を置く医師が時間割で個人開業するいわゆるプライベートクリニック(外来診療中心で完全予約制)が市中のいたるところに機能しています。こうしたクリニックは診察医療が主で病状によっては必要な検査や処置がその場で完結するとは限らず、診療費も高額です。時間的に制約のある旅行者等には最初から総合病院等の救急外来の受診が適当と思われます。なお高額な医療費に備えて各種海外旅行保険への加入をお勧めします。

外務省 - 在外公館医務官情報 - イタリア

医療水準には問題ありませんが、公立病院は私立病院に比べて、機能性や清潔感に欠ける傾向が見られ、また英語を解さない医師が多いです。一般に救急車で搬送される公立病院(救急病棟)では、無料で治療が受けられますが、常に混雑しており、患者搬送後、何時間も待たされる場合が少なくありません。このような事態をできるだけ避けるには、私立病院での治療を選択する方がよいでしょう。

外務省 - 海外安全ホームページ - イタリア

両者で微妙に内容が違うのですが,とにかく無料の医療サービスはそれなりに待ち時間や環境の点で(日本人にとっては)オススメはできないとのことのようです。一方民間病院を利用した場合はアメリカほどではありませんがそれなりに高額の負担となる*3ようです。


これらの情報から一概にイタリアと日本の医療事情の優劣を語るべきではないでしょう。イタリアの場合は保険医,専門医,プライベートクリニック,救急外来それぞれに明確な役割が与えられています。基本的な医療はアクセスとコストを重視し,より高度な医療にアクセスするためには高額の負担を個人が負担する仕組みになっていて,そのことを利用する側が認識していればそれでいい訳です。それがジローラモ氏の言うところの

地域医療・救急医療・高度医療の連携がかかりつけ医を中心に形成される仕組みと、保険料の目に見える活用法の基本モデル

なのかも知れません。どなたか現地の事情を詳しい方からご教示いただけると有り難いです。


考えてみれば日本の場合はその辺が曖昧で,利用する側は基本的な医療でもクオリティを求める一方で,高度医療でもアクセスを求める傾向にあります。しかもこれまで現場の努力である程度それに応えていると言えますが,これ以上コストを削減しようとすればいずれにしても限界で,アクセスとクオリティは低下していくしかありません。厚生労働省白書を読む限り,アクセス重視の総合科医とクオリティ重視の病院に振り分けたいようですが,そうであればそれぞれが失うものについても明確に説明して,利用者=患者に認識して頂く必要がある,と個人的には思いました。