「かかりつけ医」ではなく「主治医」らしい


厚生労働省社会保障審議会の特別部会で高齢者医療制度の骨子が昨日まとまったようです。議論の中で「かかりつけ医」という言い方に物言いがついたらしく,「主治医」に変更されたとのことですが,名称がどうであれ,その役割に関してどのような議論が行われたのかに注目すべきでしょう。ただし当方の認識している主治医という用語とは意味が異なっているようなので,以後「主治医」とカギカッコ付きとさせていただきます。


特別部会が始まった段階の議論をCBニュースから引用します(強調は引用者による)。ちなみに野中委員は医療法人社団博腎会野中医院院長,糠谷部会長は独立行政法人国民生活センター理事長,原課長は厚労省保険局医療課長とのことです。

川越厚委員(ホームケアクリニック川越院長)は「主治医の考え方は良いが、実際には難しい。主治医という言葉が定義されていない。ゲートキーパー的な役割の医師が必要であるということは分かるが、(3つの役割として)ここまで踏み込んでいいのだろうか」と述べ、主治医に求める役割を示す前に「主治医の定義」を明確にするよう求めた。


 野中委員は「病気を治してもらいたい医師は患者が決めるもの。これをどう表現するか、ずっと苦労してきた。患者さんに馴染みで、相談しやすい医師であることが大事で、患者さんが主治医を決めるということを表現すべきだ」と述べ、主治医の3つの役割だけでなく、 “患者がどのように主治医を選ぶか”という点についての記載を盛り込むことを求めた。
 村松委員も「医療を受ける側の人が『この先生に診てほしい』と思うこと、そこが大事だ」と述べて、患者が主治医を選択することの重要性を指摘した。


 糠谷部会長は「主治医を決めるのは大切だが、現実的には一人の患者さんが5つも6つも病院にかかっていて、専門的な治療は紹介を受けてまた別の病院に行く。一人の医師が患者さんの全体を把握するのは無理ではないか。“総合的な医師”のイメージとしては町医者かなと思うが、それで本当にコントロールできるのか、そこが私には分からない」と述べて、委員からあらためて意見を求めた。


 野中委員は「主治医を一人の医師と考えると難しい。病状が不安定の時は専門的な知識を持った医師、安定した時は地域の医師が治療方針を受け継いで治療していくというように、医師と患者とのかかわりは医療の段階によって変化していく。いきなり大きな病院に飛び込む前に地域の診療所に相談して必要な医療に導いてもらうのも一つの方法だが、(フリーアクセスを)制限してしまうことは国民にとって医療を狭めることにならないか」と指摘した。


 さらに、野中委員は「病院の主治医なら分かるが、地域という病院ではない空間での主治医は難しい。たとえば体のどこかが痛み出した時、どうすればいいのか、どの病院に行けばいいのか迷う。そこで、とりあえず大きな病院に行くという国民の感情は当然だと思う。これを阻害してまでやるのか」と追及。糠谷部会長は「主治医の問題は重要な方向づけになる。具体的にどのような方向に持っていくのか、事務局から説明してほしい」と求めた。


 原課長は「これまでの議論の経過の中での“かかりつけ医”という言葉を “主治医”という言葉にさせていただいた。介護保険で使っているし、ということもあって主治医とした。一人の患者さんの全体を把握し、福祉サービスも含めた全体的な健康状態をとらえる人を主治医と呼んでいる」と回答した。


 これに対して、川越委員は「介護認定の時の主治医の意見書は、病院の医師でも地域の診療所の医師でもよい。“患者さんの生活に密着した”ということを考えれば診療所がいい」と述べ、地域の開業医が主治医にふさわしいとした。


 原課長は「おそらく患者さんに選んでいただくことになると思う。今後の治療計画などを患者さんに了解していただく必要がある。主治医の役割を担うのは診療所を想定している。病院は絶対に駄目なのか、ということはこれからの議論だ」と答えた。

http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=11758


診療所レベルで医師がひとりで何の病気でも診る,という構想に対する不安は当然のように各委員から出てくるのですが,病院ではだめと決まっていないし最終的に選択するのは患者であるという流れで議論が進んでいるようです。その結果,今回まとまった骨子には次のように提示されることになります。

 また、「後期高齢者を総合的に診る取組の推進」との項目を新たに設けて、「主治医」の説明を12行にわたって加筆。主治医について関係団体などから出された意見などを紹介し、「いわゆる主治医の『登録制度』を導入すべきという指摘や、患者のフリーアクセスの制限は適当でないという指摘があった」とした上で、「現在は総合的に診る取組の普及・定着を進める段階」とした。


 主治医の決定方法については、「患者自らの選択を通じて決定していく形を想定している」と明記した。このほか、主治医の研修や生涯教育についても触れ、主治医の役割を担える医師が増えること、患者が主治医の診療を受けられるような環境整備などを「期待したい」とした。

http://www.cabrain.net/news/article.do?newsId=12311


ところが骨子とりまとめの記者会見で原医療課長からこんな発言が飛び出します。

昔の外総診(老人慢性疾患外来総合診療料)みたいにしたい。主治医が複数になる場合は“早い者勝ち”ということになるだろう。そこの問題は、まさしく“IT化”で解決すべきではないか。


こんなことが審議会で議論されていたのか記事からは判りませんし,形式上は課長の個人的見解ということかも知れません(もちろん厚生労働省の方針そのものでしょうけど)。結局のところ「主治医」制とは,人頭払い制と病院へのアクセス制限という,イギリス型医療政策への誘導なわけです。現実には厚生労働白書の元ネタである日医総研の調査結果では,後期高齢者のかかりつけ医の半分は病院勤務医です。建前は患者が「主治医」を選ぶ,とのことですが,そのままでは厚生労働省としては「主治医」制の目的を達せないわけで,どうにかして開業医へ誘導しようとするでしょう。とすれば,今後は「主治医」を病院から診療所に誘導するように,かつ診療所が患者を囲い込むように診療報酬が設定されることが予想されます。現在行われている中医協での議論もそれに沿ったものになるでしょう。「IT化」は何を指しているか判りませんが,オンラインレセプト導入との絡みかも知れません。

イギリス型医療において医療費を抑制した場合の惨状は,医療問題に興味がある方なら十分ご承知のことと思います。そして数年かけて厚生労働省は着実かつ周到に準備を重ね,現在完成への最終段階にさしかかっているように見えます。


ここまで警鐘を鳴らす文章を書いてきましたが,これまで多くの方が鳴らしてきましたし,いまさら鳴らしてどうにかなる段階ではないのかもと思っています。おそらく当方としても保険診療をしている限りは「必要最低限度の文化的生活」ならぬ「必要最低限度の医療」しか提供できなくなり,患者さんからは不満を向けられ,なにより自分の行っている生業への誇りみたいなものが失われるような気がします。そのとき自分がどういう選択をするのかは,まだ判りませんが。

追加:社会保障審議会特別部会に関する報道記事