肝炎患者の救済


肝炎の治療費助成 与党が法案 拠点病院も整備(cache) - 読売新聞 2007年10月24日

 肝炎の予防から治療、研究まで総合的な対策を定めた「肝炎対策基本法案(仮称)」を、与党が議員立法で今国会提出を目指していることが23日、明らかになった。

 基本法案の概要によると、肝炎患者の医療への経済的支援や、拠点病院の整備を明記したほか、国に対し、総合的な肝炎対策を盛り込んだ「肝炎対策基本指針」の策定を求めることが柱だ。

 肝炎患者の救済については、民主党はすでにB、C型肝炎の患者でインターフェロン治療を受ける人に対し、月8万円程度の治療費のうち自己負担を原則月1万円とし、超過分は国が助成するとした緊急措置法案を国会に提出している。与党側は具体的な助成額について、近くプロジェクトチームで具体策を取りまとめる。


血液製剤を介したC型肝炎感染の問題は不適切な個人情報管理に加えて裁判や政治的思惑が絡んで大きく取り上げられていますが,C型肝炎の患者さんのうち感染経路が特定できるケースというのは実は少数派で,7割強は「原因不明」です*1血液製剤の投与により知らないうちにC型肝炎に罹患してしまった方は不条理というほかないですが,原因の分からない方も不条理という点では同様ですから,「薬害」ばかりにスポットが当たる風潮は好ましくない,と個人的には思います。

以前のエントリにも挙げた通り,慢性肝炎という疾患の長期経過を考慮すれば,早期に治療を行った方が最終的には医療費を含めた社会的損失は少なくて済むと考えられます。もっとも人道的な観点からすれば,経済的な損得は度外視して原因の如何に関わらず治療への助成を行う,という政治的判断だって可能でしょうけど,いずれにしても具体的なデータに基づく議論が必要です。少し検索してみただけでも肝炎に対する標準的治療であるインターフェロン療法の費用対効果は妥当だろうとする論文(斜め読みですが...)は幾つか見つかりましたが*2 *3,灯台下暗しで,意外なところにデータが提示されていました。


薬害肝炎訴訟全国弁護団ホームページ - 弁護団の提言

ところで、IF治療が普及することによって肝硬変・肝癌が減少し、患者100万人あたり約3兆円の医療費削減が期待できるとの熊田博光医師(虎ノ門病院分院長)の報告があります。
すなわち、もし、インターフェロンの公費助成により、自己負担額が0円となれば、4800億円(80万円×60万人)の医療費投入により、命の救済と3兆円の医療費削減が実現できるのです。

ソースとしてあげられている熊田先生の報告が見つけられなかったのでこの数字がどれだけ妥当なものかは分かりませんが,治療を行った方が結果として医療費が節減できるという結論そのものは経験的にも納得できるものです。こんなことを言っては誠に失礼ですが「薬害」裁判において原告の利益を守ることが最優先である弁護団が,「薬害」患者に止まらず社会全体の利益を目的とする提言をおこなうことは意外でした。「薬害」の責任の所在を追及することと,責任者不明を含めた「被害者」を救済することはきちんと区別されているということでしょう。


患者さんの利益になることはもちろん医療費高騰を防げるとなれば否定する要素はあまりないように思えますが,冒頭の読売新聞ではなぜか次のような「解説」を掲載しています。

[解説]多額の予算必要 財務省の反発も

 与党は当初、肝炎対策について「予算措置で行えばよく、法律は必要ない」としていた。だが、民主党が患者への具体的な治療費助成を柱とした緊急措置法案を国会に提出したことから、民主党に対抗するために方針転換した。
 また、患者数が約350万人に上り、「国民病の一つ」(自民党筋)とも言われる肝炎は、救済策に本格的に乗り出せば多額の予算が必要になる。
 与党が基本法が必要と判断した背景には、「基本法案が成立すれば、肝炎対策の実施や患者支援の根拠が法的に明確になり、財務省との予算折衝もやりやすくなる」という事情もある。
 自己負担を原則月1万円とする民主党案では、対象者は最大で10万人程度、予算は約280億円と試算されている。
 与党の基本法案も、実施に移すためには多額の予算が必要になり、財務省などの反発も予想される。与野党は、救済策を人気取りの道具にするのではなく、財政負担との整合性も考えながら、患者本意の対策を競うべきだ。(政治部 湯本浩司)

先程の案に比べれば民主党案でもかなり控えめですが,それでも「多額」で「人気取り」のバラマキ策であり「患者本意(本位?)の対策」ではないとのことで,まるで財務省を代弁しているようです。少なくとも既に公にされている費用対効果のデータに言及せずに,多額であるからという理由だけでこのような「解説」を掲載するのはミスリーディングであると思います。


ちなみに厚生労働省の立場ですが,平成16年8月の段階では科学技術部会の参考資料

 肝炎対策においては、慢性肝炎、肝硬変等長期の経過をたどるため、数ヶ月に及ぶ入院や数年以上に及ぶ通院治療が必要となるケースもあり、労働力の損失、経済的負担も問題となっていたが、早期発見・診断・治療を行うことにより、その予後の改善や早期の社会復帰が可能となる等、経済面への波及効果も見込まれる。

との文言がありますから治療助成を推進する筈なんですが,翌年の資料からはこの文章が見あたりませんから現時点でどういう見解なのかは不明です。


中途半端に肝臓内科に携わっていた分際でいろいろ考えを述べてみましたが,いつもの如く追加訂正があればご指摘お願いします。