医療費無料化の弊害


スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学

スタバではグランデを買え! ―価格と生活の経済学


一時話題になったので読んでみました。ものの値段は原価だけでなく取引コストが大きく影響しているということをいろいろな実例を挙げて説明していて,聞いたことのある話も結構あったのですが,当方程度の知識レベルにとってはちょうどいい内容かと思います。医療から離れたところで気軽に読む予定だったのですが,「子供の医療費の無料化は本当に子育て支援になるのか?」という一章で現実に引き戻されました。

結論から言うと,小児医療費の無料化→必要性の低い受診の増加→外来の混雑→待ち時間の増加→働く親が仕事を休まなければならないコストの増大が生じ,しかも低収入で共働きをしなければならない家庭ほど負担が大きくなるため,むしろ少子化の対策としては逆効果である,というものです。無料にするから公平ということではなく,むしろ不公平を助長している,ということになります。

もちろんこれは受診する側のコストからの見方であって,現場の立場からすれば,真に必要な受診が遅れる,医療スタッフの労働環境が悪化する,その結果医療事故が誘発される,といった深刻な弊害があるわけで,医療者の立場としては広く知って頂きたいところです*1。逆に考えると,医療側から受診する側のコストみたいな発想はあまり出てこないかも知れませんが。

まあ,この本を手に取るような「世の中の仕組みを経済学的に捉えること」に興味がある読者にとっては,「無料にしたら医療がつぶれちゃうよ」と訴えるより,「そんなことをしてもメリットはないよ」と説明した方が受け入れやすいのでしょう。「結局不利益を被るのは住民」と当事者である医療側が主張すると「脅迫だ」と受け取られる方も時々いらっしゃるようですが,同じことでも経済学の専門家が平易な言葉で解説したら少しは納得して頂けるような気もします*2

また,少子化対策に有効な政策は「小児医療費無料化」ではなく「小児科医や産科医の待遇を上げて数を増やすこと」だと述べています。収入だけの問題じゃないんだけどなあと言いたくなるものの,どこぞの人件費が高いとか効率が悪いなどと仰る医療経済評論家に比べればはるかにまともなことを言っているように思いました。

 

*1:著者もそのへんについてはある程度認識しているようで,若干触れてはいます。

*2:ちょっと楽観的すぎるかも知れませんが。