後期高齢者医療制度の成り立ち


最近権丈先生のサイトに4月24日付朝日新聞記事のPDFが紹介されていました。後期高齢者医療制度の成り立ちを知る上でとても興味深いのですが,なぜかAsahi.comでは検索しても見あたりません。

要するに,当初は75歳以上の医療保険を別立てとすることに関しては厚生労働省内部でも意見が分かれていたのですが,経済諮問会議が介入して現制度への流れができた,ということのようです。制度が物議を醸している今こそ世間の皆さんに読んでいただく価値もあるかも知れません。以下全文引用します(強調は引用者による)。

「現役負担減に力点 後期高齢者医療制度ができるまで」『朝日新聞』2008年4月24日3面


●77年、すでに構想
「高齢者の医療費が増えるので、対策はないかという発想から出発した」医事評論家の水野肇さん(80)は、83年から10年以上にわたって委員を務めた「老人保健審議会」を振り返る。
出発点は、「福祉元年」と呼ばれる73年の「老人医療費の無料化」だ。高齢者の病院に通う回数が増え、「待合室のサロン化」、同じ病気でいくつもの病院にかかる「ハシゴ受診」、営利優先の病院による「乱診乱療」が問題視され始めた。老人医療費は急増、高齢者が多く加入する市町村単位の国民健康保険(国保)の懐を直撃した。
改革が検討される中で、厚生省は77年に「老人を国保から切り離して、別建ての制度とする」という提案をした。後期高齢者医療制度と同じ考え方だが、日本医師会の武見太郎会長(当時)が「老人うば捨て山構想」と批判、頓挫する。
議論の末にできたのが老人保健制度。83年に始まり、今年3月まで続いていた。
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老健制度のもと、高齢者の自己負担は「外来月400円」などの定額から徐々に上がったが、その後も、医療費は伸び続ける。90年代のバブル崩壊後は、中小企業の社員が主に加入する政府管掌健康保険を中心に財政が悪化、老健拠出金への不満も高まった。「老人医療の抜本改革を求めるマグマがたまっていった」。当時の厚生省幹部は振り返る。

●第2案の独立型浮上
マグマが噴出したのが02年。前年に就任した小泉純一郎首相が「三方一両損」の改革で、サラリーマン本人の患者負担を2割から3割に上げると決定。怒った族議員は「国民に負担増を強いるなら、現役世代の保険料が支える高齢者医療を含めた抜本改革が必要だ」と、政府に「新しい高齢者医療制度の創設を2年以内に措置する」ことを約束させた。
「75歳以上を対象にした独立型」を推したのが、丹羽雄哉・元厚相だ。公費で5割、高齢者からも保険料負担を求めて、現役世代の負担が重くなりすぎないようにする――。講演会などで繰り返した丹羽氏の为張は、今の政府の説明と重なる。
だが、当時の厚労省は懐疑的だった。医療費のかさむ高齢者だけを集めた独立型は、公費が膨らみ続ける。「非現実的に見え、第1案ではなかった」(同省元幹部)
厚労省は同年12月に発表した医療制度改革の試案に、二つの案を併記した。一つは、高齢者も従来の制度に加入したまま制度間でお金をやりくりする案。坂口力厚労相(当時)も推していた。自民党が推す「独立型」は第2案だった。
しかし、「坂口案は老健制度と本質が同じ。理解が得られない」と考えた丹羽氏は、坂口氏を説得。翌03年3月、医療改革の「基本方針」が閣議決定された。65~74歳までの「前期高齢者」の医療費は、坂口案に似た「異なる保険制度の間でお金をやりとりする」仕組みで支え、75歳以上の「後期高齢者」については自民党の「独立型」を採用するという内容だった。

●巨大与党、「聖域」崩す
医療を中心に伸び続ける社会保障費をどうするのか。その抑制に大きな役割を果たした舞台装置が、小泉首相―竹中経済財政相(いずれも当時)」が仕切った経済財政諮問会議だ。中心は、医療費の伸びを経済の身の丈にあわせ、名目GDPなどと関連させて総額管理する指標を導入できないかという議論だった。
歴史的大勝を果たした郵政選挙後の05年9月、民間議員の奥田碩トヨタ自動車会長(当時、現相談役)は「医療制度改革も様々な利害関係者間で調整が進まず、改革は進んでいない。現状打破が必要」と語った。厚労省と厚労族が仕切る「聖域」への切り込み宣言だった。
諮問会議で尾辻厚労相(当時)は「先に金の話ありきだと非常に議論しづらくなる」と持論を展開した。しかし、小泉首相は「皆保険制度の持続には経済財政を無視するわけにはいかない。来年度も医療費だけで税負担が8兆円を超える。やはり何らかの手法が必要だ」と述べ、民間議員側に軍配を上げた
諮問会議のプレッシャーを受けながら、厚労省は10月、後期高齢者医療制度を含む医療制度構造改革試案を作り、年末に政府の「医療制度改革大綱」ができた。2025年度の医療給付費を56兆円から48兆円へと抑制する内容。その具体策が70~74歳の高齢患者の負担の1割から2割への引き上げだった。
06年5月17日、自民・公明両党は医療制度改革関連法案を衆院厚生労働委員会で採決、両党による賛成多数で可決した。野党の反対意見は高齢者負担の2割への引き上げが中心だった。
02年に制度が具体化して以降も、強く意識されたのは「現役世代の負担軽減」。お年寄りが「切り離される」ことへの感覚は鈍かった。
当事者であるお年寄りの怒りが表面化し、世の中がそれに気づいたのは08年春、新しい保険証が手元に届き始めてからだ。


メディア(少なくとも朝日新聞)のなかのひとも,もし後期高齢者制度を非難するのであれば誰を追求するべきなのかは,もうお分かりなんだと思います。まあ,分かっていても実際に追求できるかどうかは別なんでしょうけど。


追記(2008-05-08 18:40)

この記事が掲載された2日後の社説ではこんな感じでした。

新しい高齢者医療制度は、従来の老人保健制度に比べ、現役世代とお年寄りがどれだけ負担し、税金がどれだけ使われているかが分かりやすくなった。世代間や世代内の負担の不公平もある程度是正された。
だが、そんな意義や利点も、不信や不安を放置したままでは伝わらない。

(cache)高齢者医療―このままでは台無しだ 朝日新聞社説 2008年4月26日

説明の仕方が悪いと指摘してはいますが,経済諮問会議と同じようなことを言ってますね。