医師増員は医師不足を解消するか

厚労相が(厚労省が,とはあえて言いません)医師数抑制政策を見直す方針を打ち出しました。これまで絶対数では足りている,偏在しているだけと主張し続けていたことを考えれば画期的なことではあります。


当方の見解は,およそ1年ほど前のエントリで述べた主張と基本的には変わっていません。

医学部の定員という蛇口を閉めたままで、あれこれやりくりしても、焼け石に水ではないか。

医師の確保―医学部の定員を増やせ(cache)


「焼け石に水」というのは熱く焼けた石に少しばかりの水を掛けても一向に冷めないように、援助や努力の力が僅かで効果が上がらないことの喩えですから,蛇口を少しばかり開いても意味がないんじゃないでしょうか。そういう意味ではこの文章は実態を的確に表現しているといえます。

この比喩をそのまま使わせていただくなら,石が真っ赤になるまで熱せられている原因となっている火を消さないと石を冷ますことはできないですよね。つまり病院から医師が次々に脱出している原因,具体的には労働環境とか訴訟リスクなどを何とかしなければならないという結論になるべきだと思います。あと,石を焼いている火に燃料を注いだのは誰なのか,自分の胸に手を置いてよく考えて欲しいものです。

http://d.hatena.ne.jp/DrPooh/20070624/1182650228


自分の文章ながら辻褄の合わないところがありますが,蛇口を閉めたままではダメだからといって,少しばかり水を出しただけでは焼け石に水ではないかという主旨です。今読み返すと,元ネタの社説の例えがそもそも変じゃないかという気もしますが。


医師不足実態についてはおよそ語り尽くされているかと思いますが当方なりにまとめると,求められる医療の質と量が訴訟リスクも含めて上昇することによる「需要の増大」と,医師側の意識の変化に伴う「供給の減少」に大別できるかと思います。後者に関しては,もともと絶対数が足りていないところに「需要の上昇」によりモチベーションで支えられる限界を超えてしまったというのが大きいのですが,ある世代を境にして「個人の生活を犠牲にして労働すること」に対する考え方が変化しているという側面も無視できません。新臨床研修制度の影響がよく指摘されますが,制度以前からこの流れは始まっていましたから,大きなきっかけではあっても,必ずしも決定的要因とは言えないかと思います。


医師養成数を増やすという方針により「供給の減少」に少しでも歯止めがかかればいいのですが,供給側から見ても,もはや数だけの問題ではないのは先に述べた通りですし,多少効果があったとしても「需要の増大」が続く限り一時的なものに過ぎません。単純な増員はむしろ弊害が大きいという見解さえもあります。例えば現在もっとも脆弱と思われる中堅〜指導医クラスの医師にとってはかえって負担が増える可能性もあります。ただ一方では,中長期な影響を考える余裕もなく,とにかく一人でもいいから人手が欲しいという切実な現場もあるでしょう。その辺は,それぞれの事情により見解が異なってくると思われます。


実際のところ,m3によるアンケート(ログイン不要)によると「偏在解消のみで十分」と「医学部定員増も必要」はおよそ45対55で割れているようです。ただコメントを見る限り医師増員だけでよいという意見は見あたりませんから,見方を変えれば,医師増員だけでは解消できない,という点では共通しているとも言えますが。