医療ニーズと評価


日本における医療の質は,たとえば健康寿命や乳幼児死亡率といった客観的な指標に関しては世界でもトップレベルであることは以前から言われていますが,一方では実際の患者側から見た主観的な満足度があまり高くないという指摘もあります。当方としてはそのあたりがどうにも釈然としなくて,医療を受ける側にしてみれば,医療が,たとえば蛇口をひねると水が出る如く,あって当然のものという認識だからではないかと何となく思っていました。医療に限らず,行政・福祉・教育の分野でも要求されるサービスの水準が上がっているという社会の傾向がありますから,そのなかで相対的に満足度が下がっているという面もあるのかも知れません。


少なくとも医療を高度化・重装備化してレベルを上げることは,他ならない患者側の要請であった筈ですが,その結果として医療を支えるコストが増大したことが社会として受け入れられないのであれば,実際に医療を受けている方の考える医療ニーズと,それ以外の方(こちらのほうが多数を占めると思われます)のそれとが大きく食い違っているということなんでしょう。医師の立ち位置としては,今のところ診療している患者側であって,少しでもレベルの高い医療を提供しようとしているように思いますが,その結果として,社会のある層からは「医師は必要以上に高度な医療を追求して,社会のコストを食い潰している」と評価されることになるのは,ある意味仕方がないことではあります。


ただ一方では「まだサービスが足りない」もう一方からは「無駄遣いしすぎだ」と言われるのであれば,医療を提供する側としては正直なところ,何だかなあ,と思ってしまいます。「医師はよい医療を提供することに専念するべきだ」という専門職としての意識があるうちは,まだ医療のコストを削減しようとする側に反発しようという気もおきます。後期高齢者医療制度に対して(全員ではないにしろ)医師から反対の声が上がったのは,そういう意識が残っていることの現れだったのでしょう。ただおそらく,あまりにも無理難題が続いていると,「社会全体として合意しているなら,別に医療レベルを下げるという選択でも構わないんじゃない?」という考えが主流を占めることになるように思います。「専門職としての意識」を持って勤務してきた医師自身が燃え尽きてしまうのに加えて,次代へ継承しようにも「専門職としての意識」を育てるギルドのシステムがかなり崩壊していますし,何より,医師の価値観そのものにしても社会の傾向と無関係ではなく,次第に変遷しているわけですから。