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なぜ無罪判決なのか


大野病院「事件」の地裁判決に関して考えるときに,「無罪」という結果はもちろん重要なのですが,「なぜ無罪という判決に至ったのか」を考えることが,医療者だけでなく,医療を受けている,もしくは医療を受ける可能性のある方々にとって必要ではないかと個人的には思っています。以下は当方個人の私見です。誤りがあればいつでも訂正する準備はあります。


当方も不勉強で最近まで知らなかったことですが,法律用語でいう「過失」とは,日常一般で用いられる意味合いとは異なるとのことです。Wikipediaの「過失」の項によれば,下記の通りです。

法律用語としての過失とは、ある事実を認識・予見することができたにもかかわらず、注意を怠って認識・予見しなかった心理状態、あるいは結果の回避が可能だったにもかかわらず、回避するための行為を怠ったことをいう。
前者の主観的な予見可能性を重視するか、後者の客観的な結果回避義務違反を重視するかなど、過失の具体的な内容については、刑法や民法等の各規定ごとに、解釈論が展開されている。

どちらを重視するのかは議論があるものの「予見可能性」と「結果回避義務違反」の双方が揃って初めて「過失」と認められるということのようです。これを踏まえて大野病院「事件」の判決要旨を当方なりに解釈してみると,

鑑定などによると、患者の死因は失血死で、被告の胎盤剥離(はくり)行為と死亡の間には因果関係が認められる。癒着胎盤を無理に剥(は)がすことが、大量出血を引き起こし、母胎死亡の原因となり得ることは、被告が所持していたものを含めた医学書に記載されており、剥離を継続すれば患者の生命に危機が及ぶおそれがあったことを予見する可能性はあった。

ということで,「予見可能性」は認めていることは分かります。もう一つの「結果回避義務」すなわち「結果の回避が可能だった」にもかかわらず「回避するための行為を怠った」に関しては,

胎盤剥離を中止して子宮摘出手術などに移行した場合に予想される出血量は、胎盤剥離を継続した場合と比較すれば相当少ないということは可能だから、結果回避可能性があったと理解するのが相当だ。

として,結果回避可能性は認めつつも,

本件では、検察官が主張するような内容が医学的準則だったと認めることはできないし、具体的な危険性などを根拠に、胎盤剥離を中止すべき義務があったと認めることもできず、被告が従うべき注意義務の証明がない。

検察が主張するところの,胎盤剥離を中止するべきという主張は医師が従うべき回避義務とはいえず,それをしなかったことは結果回避義務違反ではないとしています。従って,医師の行為は「過失」に当たらない,という結論に至っています。「過失」ではなく通常の経過なので,当然医師法21条違反にも該当しないということになります。ものすごく雑にまとめると「危険があることは分かっていても,大多数の医師が実際にやっていることを今回もやっただけのことで,それよりも根拠のある方法を提示しない以上,過失であるという主張は認めない」ということかと思います。


従って,検察が結論を覆すためには,より根拠のある方法を示す必要がありますし,それが可能なら控訴しても勝ち目があるということになるのかもしれません。ただ,検察が今回「大多数の医師が実際にやっているより適切な方法があった」ことの有効な根拠を示すことが出来なかったのは,検察にその方法を見つけ出す能力がなかった訳でもないし,ましてや医師が共謀して隠したわけでもなく,結局はそもそもそんな方法などないということではないかと思います。いいかえれば,それが「医療の限界」ということでしょう。


報道は全部追い切れていないのですが,例えばこんな記事があります。


【視点】無制限に医師の裁量を認めるものではない 大野病院事件 - 産経新聞

だが、判決は、加藤医師の医療行為と女性死亡の因果関係を認めた。大量失血も予見できたとしたうえで、検察側が指摘した通り、癒着胎盤の剥離を中止して子宮を摘出していれば、最悪の結果を回避できた可能性を指摘した。

予見可能性」「結果回避可能性」だけでは「過失」が成立しないということを踏まえて読むと,なんの意味のない文章であることが分かります。しかしこれを読む側が文字通り受け取ると「本当はミスがあったにも関わらず,何らかの取引で無罪になったのでは?」という印象を与えることになり,かなり問題がある記事です。


今回の判決が「医療は本来危険が伴うもので,限界もあるのだから,その限界を無視した刑事責任は認められない」という見解の現れであるなら,これを医療を受ける方々,あるいは今後医療を受ける可能性のある方々に理解していただくことは,今後の医療側との相互理解の上で極めて重要なことであるように思います。しかし報道を見聞きしている限り,このあたりにあまり触れていないように見受けられます。


例に挙げた産経新聞のように悪意が感じられる記事は別にしても,「予見可能性」とか「結果回避義務」といった判決文に出てくる法律用語を何の解説もなしに引用して,どれだけの方が判決の趣旨を理解するでしょうか。これでは「こんな判決には納得できない」という反応が出るのも当然だと思います。


当方だってこんな不得手なことを取りあげるのは正直気が引けます。メディアのなかのひとでも,少なくとも当方よりは法律に詳しい方がいるでしょうから,もう少し善処していただきたいものです。