患者の立場に立つということ


MRIC臨時 vol127「私は医者という仕事をまっとうしたいので患者の立場には立ちません」

一方、医師に対して患者が要求することは、「患者は医師にとって回答し難い(すなわち、治る見込みのない)不安や悩みに対する質問もするが、医師からは、ごまかしのない率直な人情味のある答えを、しかも悲観的でなく絶対的な希望のもとで語って欲しい」と思っている。ごまかしがなく人情味があって、しかも悲観的でない、というところがややこしい。医師は、このややこしさに正面から向き合って試行錯誤している。

「ごまかしのない率直な答え」と「人情味のある悲観的でない答え」を両立するなんていう要求に応える自信はとてもないです。現実には,患者さん個人の性格やそのときの雰囲気に合わせて両者を使い分けていることが多いように思いますが,相手はなにしろ病気ですから,必ず両立できるというわけにはいきません。客観的事実に即して診療をしようとすれば,患者さんにしてみれば「悲観的」で「人情味」に欠けることも言わなければならないこともあります。


医師として診察しながら,患者さんの立場にも立っているなんてことは不可能に近いし,それができると断言する方がむしろ欺瞞ではないかという気がします。病気という共通の敵を相手にするときには,あくまで患者さんは患者さんの立場,医師は医師の立場であって,その上でお互いに相手の立場を斟酌すればいいんじゃないでしょうか。


逆に言うと,自分が患者という立場に立ったとして,医師としての冷静な判断を下せる自信はありません。「患者さんに対しては自分の家族だと思って接しなさい」と仰る偉い先生もいらっしゃいますが,それはあくまできちんとした態度で接しなさいという例えであって,もし本当に自分の家族が病気になって重大な決断を迫られたとしたら,おそらく自分が信頼する医師に判断を仰ぐと思います。