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責任感が低下しているのは誰か

医療崩壊


墨田区内で妊婦が脳出血で不幸にも亡くなられた件について,新聞やテレビをはじめとした在京メディアが連日大きく取り上げています。都内でも産科医が不足しているとか,救急搬送の体制に問題があるとか,少なくとも1年以上前から指摘されてきた事実の筈ですが…。これまでは医療崩壊なんて地方の出来事,要は「他人事」とタカをくくっていたんでしょうけど,足元に火がつくと見るや,「産科の救急と一般の救急の連携を強める」などといった冷静さを失った論調となるあたり,見苦しいと言わざるを得ません。


そんな中でこのような論評がありました。

病院が多すぎて、どこかが見てくれるだろうと、責任感が低下しているのも一因

妊婦の命も救えずに 「東京五輪どころじゃないだろう」 - J-CASTテレビウオッチ

確かに,地方の基幹病院では搬送する「どこか」がありませんから,体制が不充分ながら受け入れざるを得ないのは事実です。それは限られたコストのなかでアクセスを確保するためにクオリティを犠牲にする行為であって,ある意味「異常」な状況といえます。クオリティを犠牲にしないために受け入れを断ることは本来「正常」な行為の筈です。


都市部ではいくら病院が多くても,それ以上に医療ニーズが多ければ相対的に医療サービスは不足するのは当然のことです。その状況で,どうしても重症患者に対処しようとすれば,どこかの病院が「異常」な状態を強いられることになります。そして,どこの病院にその「異常」な状況を強いるかを選択する「責任」は,少なくとも現場の医療者に負わせるべきものではないでしょう。本来負うべき「責任」を現場に丸投げしているのは一体誰なんでしょうか。


上の発言が医療に責任を負わない「ジャーナリスト」から出たものであればまだ放置する余地がありますが,よりによって救急部の教授から次のような発言があるのを見てしまうと,脱力感を覚えます。

東京の大病院でさえ受け入れ拒否が相次ぐ現状について、島崎修次・杏林大教授(救急医学)は「都内には病院が多い分、責任が分散するために、ほかの病院をあてにして処置中などの理由で受け入れ拒否が起こりやすい」と指摘したうえで、「基幹病院と中規模病院が連携して緊急の患者を柔軟に受け入れる仕組みの構築や、医師に代わって他病院と調整するコーディネーターを置くなどの工夫が必要だ」と訴えている。

妊婦死亡、受け入れ検索機能せず - 読売新聞