健康へのインセンティブ


例によってまた麻生総理大臣の発言が各紙で取り上げられているようです。


首相、何もしない人の分なぜ払う 医療費で発言 - 47news

20日の諮問会議では、社会保障制度と税財政の抜本改革などを議論した。首相は同窓会に出席した経験を引き合いに出し「(学生時代は元気だったが)よぼよぼしている、医者にやたらにかかっている者がいる」と指摘した。

その上で「今になるとこちら(麻生首相)の方がはるかに医療費がかかってない。それは毎朝歩いたり何かしているからだ。私の方が税金は払っている」と述べ、努力して健康を維持している人が払っている税金が、努力しないで病気になった人の医療費に回っているとの見方を示した。

さらに「努力して健康を保った人には何かしてくれるとか、そういうインセンティブ(動機づけ)がないといけない」と話した。


諮問会議の議事録を読んでみると,日本の社会保障制度を維持していくためには税金により広く負担を求めざるを得ないが,納税者に納得して貰うためには効率化の努力が必要である,という議論の流れの中で出た発言のようです。


個人が健康のために努力することにより病気を予防した結果社会保障費が節約することが可能である,という前提に立てば理解できない発言ではありません。問題はその前提が正しいかどうかでしょう。予防によるコストの削減が見込まれないのであれば,インセンティブの意味はありません。


今年から始まった特定検診・特定保健指導はまさに「メタボを予防することで医療費が節約できる」という前提の政策ですが,そうした予防により高血圧や糖尿病による合併症が減ったとしても,それが医療費の抑制に寄与するという根拠は今のところ存在せず*1,効果があるかどうかは少なくとも数年後に評価するまでは分かりません。


医療経済学的な検討についていえば,予防介入によるコスト削減という通説は誤りである,との見解があります。

「改革」のための医療経済学

「改革」のための医療経済学

しかし,70歳以降死亡時までのトータルの医療費は,「常識・通説」からは想像しにくい結果が得られました。この結果は,先のスピルマンとルービッツの研究と同様に,「70歳時の健康状態は,特に病弱な施設入居者を除けば,死亡時までの医療費にはほとんど影響を与えない」というものでした。


第4章2節 3.高齢者の健康状態が医療費に及ぼす影響 p136

さらに,別の通説「予防によるコストの削減効果」は,残念ながら,ほとんどの場合期待できません(コストの削減効果がある予防は,1次予防である予防接種の一部,2次予防である新生児スクリーニングのごく一部等のみ)。


第5章4節 2.禁煙「奨励」が政府の医療費支出と年金支出を削減する理由 p223


もちろん社会保障費削減に貢献しないから健康を維持する努力は必要ないとはならないわけで,病気を予防してより健康に暮らそうとすることは,そもそも経済的なインセンティブ云々という以前に,それが個人にとって望ましいからではないかと思います。ところで本書によれば,予防医療によりコストは削減されるどころかむしろ増加する可能性すらあるとのことですが,もしそうなら麻生総理大臣はまさか「医療コストを削減するために不健康な生活を送りましょう」などと仰るんでしょうか。

追記(2008-11-27 16:30)

もう釈明発言が出ていました。早いですねー。

首相、医療費発言を陳謝 鳩山氏「資質に疑問」 - 47news

麻生太郎首相は27日昼、自身が経済財政諮問会議で「何もしない人の分の金(医療費)を何で私が払うんだ」と発言したことについて「今、病の方の気分を害したならおわびします」と陳謝した。官邸で記者団の質問に答えた。
首相は「(病気の)予防をきちんとすべきだというのが趣旨だ。予防に力を入れると医療費全体が収まる」と釈明。「ただ、先天的な(病気の)人や追突事故をされた人もいるから」と述べた。

個人的な印象ですが,この方はもともと医療政策にあまり興味がなくて,誰かにレクチャーされたことをそのまま口に出しているような気がします。本当に「健康は自己責任」という信念があればこういう釈明にはならないんじゃないでしょうか。「予防で医療費削減」というあたりは相変わらずですが,これも誰かに吹き込まれたんでしょうか…。


 

*1:予防医療によってではなくそれを口実とした政策誘導による削減を意図している可能性はあります。→■特定検診の謎2