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医療紛争とメディエーション

読書 私見 医療と司法


これまでいくつかの医療裁判に関する情報を通じて,医療紛争の解決手段として裁判をはじめとした法的システムは相性が悪く,紛争当事者の満足度も低いことが当方にも理解することができました。ではどうすればよいのかという疑問に対する回答のひとつが「対話」ということになると思います。


医療再生への特効薬は、メディエーションと対話型ADR - MRIC

アメリカの医療訴訟を研究していて感じることは、患者と医療者、ともに訴訟に対する疲労感が強いことです。アメリカの医療現場では1970年以来、長きにわたり医療訴訟と格闘してきました。弁護士が病院の中をうろつき、訴訟の種を探しているという笑えない話まであります。
このような中で、アメリカでは医療事故の初期対応、とくに当事者同士の対話が注目されるようになりました。原告・被告の対立関係を前提とした訴訟制度は、医療紛争の解決において思わぬ副作用をもたらします。そのことに皆が気づいたのでしょう。何事ももとことんまでやらないと関係者の合意は得られないもので、アメリカも医療が崩壊して初めて、訴訟より対話を重視することがコンセンサスになりつつあります。医療過誤危機が創造的破壊をもたらし、新しい文化が育まれつつあると言えるかもしれません

現場が荒廃してようやく対話の重要性を認識している,というのがアメリカでの現状のようです。国内でもその徴候はすでに現れていますし,法科大学院制度により弁護士養成数が増加する今後はさらにその傾向が強まるのかもしれません。紛争の早期に当事者間の対話を促進し,合意形成に至る手助けをする手法として「メディエーション」が紹介されています。

メディエーションの目的は、医療紛争の発生後できるだけ早期に当事者同士の会話を促進することで、当事者の認知を変容させ、納得のいく創造的な合意と関係再構築を支援することです。この点において、原告と被告の対立関係を前提とし、相手より優位に立つために当事者同士の対話が控えられる訴訟とは正反対です。

具体的なメディエーターの役割は、当事者同士の会話を傾聴し、双方の言い分に共感を示すことです。そのように努力した上で、当事者が自律的にも問題を解決するのを待ちます。調停のように「調停案」を提示したり、説得や評価をしたりということはありません。また、法律的な解決には一切かかわりません。メディエーションの成果は、メディエーターのスキルのみならず、その人柄や能力に大きく左右されることは言うまでもありません。


メディエーションの具体的な技法に関しては本書に詳しいです。

医療コンフリクト・マネジメント-メディエーションの理論と技法-

医療コンフリクト・マネジメント-メディエーションの理論と技法-

当方が理解した限りでは,当事者間での話し合いに任せると論点が「誰が悪いか」という過去志向の責任追及になりがちなところを,「人」ではなく「問題」に焦点を合わせて,「どのように解決するのが双方にとって意義があるのか」という議論ができるように当事者を援助するのがポイントのようです。具体的には,当事者の言い分を傾聴して共感的に受け止めることで,紛争に直面して混乱している当事者が不安から回復し,問題に対して違った視点からみることに気が付くことができるようになり,そうなって初めて当事者同士で建設的な対話をする準備ができる,ということになります。解決案を示したり専門科としての判断を示すためにはこの段階を踏まなくてはならず,それまでは積極的な介入は避けるべきです。


医療紛争に限らず,当事者が言い分を誰かに聞いてもらっただけでも冷静になるケースというのは日常よく経験するところです。自分の内面にある感情的なわだかまりを実際に言語化することで問題をすこし離れて見ることができるのと,それを他者に聞いてもらうことで不安と混乱が和らぐというプロセスを経ることで,おそらく意識せずに上記のような効果が得られていると思われます。それを意識して行っているのがメディエーションの手法なのでしょう。


本書を読んでの感想としては,現状でメディエーションを医療現場に導入するに当たっては「人」と「時間」が壁になるのではないかと個人的には考えています。


当事者にとってメディエーターが対立する側の立場にいるという疑念を抱いてしまうと,メディエーションの効果はほとんどなくなってしまいます。とはいえ院内で専任のメディエーターを置けるような医療施設は多くないでしょうし,いたとしても病院職員である時点で患者側からは「敵」という先入観を持たれる可能性は高いでしょう。実際には医療スタッフがメディエーター的立場を果たさなければならないケースが多いと思われます。本書ではそのような場合,自分の中に「当事者」と「メディエーター」の二つの人格を持つようにとありますが,かなり場数を踏んで修練しないとその域まで達するのは大変そうです。


さらにいえば,メディエーションの手法において最も重要なファクターは「時間」ではないかと思います。傾聴・共感を中心としたメディエーションの手法そのものだけでなく,そもそも人間が冷静に事実を受け入れるためには個人差はあってもある程度の時間が必要です。そして医療現場では,医療紛争が起きやすいような高次施設では特にそうですが,過剰な業務量に対して違法な時間外労働が常態化している状態で,とにかく時間的余裕がありません。メディエーションを導入しようとすれば過剰業務を改善するか,個人の負担をさらに増やすことになります。このあたり,すでに導入している医療機関もあって効果を上げているとのことですが,実際の様子をぜひ知りたいところです。