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市場主義型医療と社会主義型医療


イギリス医療はかつて社会主義型から市場主義型に向けて「改革」しようとして崩壊に至り,現在第三の道を模索している課程にあります。NHS内で診療ガイドラインを作成する業務に携わる著者は本書で,現在イギリスが目指す「保健医療改革」について詳しく解説されています。だいぶ前に一度読んだのですが,今回改めて読み返してみました。

イギリスの医療は問いかける―「良きバランス」へ向けた戦略

イギリスの医療は問いかける―「良きバランス」へ向けた戦略

第二次大戦後よりイギリスは社会主義的な国営医療でしたが(当方が中学の頃「ゆりかごから墓場まで」と教わりました),次第に巨大化・官僚主義化して能率が落ち,サービスが低下するといった弊害が目立つようになった結果,1980年代に入ってサッチャー政権下で市場主義を導入します。その結果,受けられる医療の格差が拡大したばかりか,組織の効率化,サービス向上に繋がらなかったことから国民の不満が高まり,1990年代末にブレア政権の誕生とともに大きく方向転換が行われることになりました。

社会主義だけでも市場主義だけでも医療サービスの向上には繋がらないということで,現在目指しているのはその中間でバランスをとりつつ,システムの見直しを行って質と経営指標をともに向上することのようです。具体的にはGDP比で先進国中最低レベルの医療費を思い切って増額し,その予算をもとにシステムへの投資や,病院の建て替えや人員の増強を行うといった方針で,無駄遣いも指摘されてはいるものの,現在のところ国民からはおおむね評価されているのではないかとのことです。もちろんまだ成功したとは断言できず,試行錯誤の途中ということでしょう。

保険・医療という分野は,近視眼的に数値を検討すると費用対効果があると思われないことが多く,単純な量的検討ではコスト削減という結論が出やすい。しかしながら,労働による生産性の向上や将来の安心感の創生など,健康であって初めて得られる数値に表れない効果もあり,税金を保健医療費にある程度投入してもよいというのが,一般の人々の価値観に基づく考え方である。


5章 ブレア首相の改革と評価とこれから p132

自由・民営化という手法は効率を高めるようにみえて,単なるコスト削減に終わることも多い。これは,かけた労力・資金に対する「効果」の適切な検討と監視システムの欠如の可能性がある。いったん自由化してしまったものに,このような監視システムを導入することは困難である。監視システムを複数導入してから,手綱を緩めるという2段階が必要である。


5章 ブレア首相の改革と評価とこれから p132

著者は,科学的根拠に基づき透明性を高めた監視システムが「医療ガバナンス」と呼ばれ保健医療改革の鍵であるとして詳しく解説されています。当方の感想としては,そうした制度が成立する背景には国の制度に関心を持ち積極的に関与する国民性もあって日本でそのまま導入できるとは限りませんが,少なくとも,医療に対する評価がコスト一辺倒では不適切だろうというのはおそらくどの国であっても共通して言えることではないかと思います。