「SiCKO」は終わらない3


アメリカで医療保険改革法案が成立しました。日本のメディアではオバマ氏が強力なリーダーシップで困難な改革を成し遂げた,という論調です。成立までに相当苦労したことはたしかでしょう。単一支払い公的保険の導入は早々に消え去り,民間保険への加入を促進することで無保険者を減らす,という法案が採用されたのは,社会保障に政府が介入することに対する拒否反応が無視できないほど大きいだけでなく,公的保険との競争を避けたい民間保険会社の政治的圧力があったためともいわれます。そしてアメリカ医療の問題というのはたんに無保険者が多いというだけでなく,保険に加入しているにもかかわらず必要な医療が必ずしも給付されず,一方で保険料と医療費が高騰し続けるという点であり,これは営利企業である民間会社が保険を運営することによる弊害といえるでしょう。

マサチューセッツ州は最初に皆保険導入を実行したので,私たち医師は着目していました。ただし民間保険を残し,医療費高騰と医師不足問題を放置したままだったために,結局,財政的に行き詰まりました。
保険証を手にした三四万人の新規患者の需要に対し,医師の供給が追いつかず,診察予約が取れるまで平均六三日待たされる状況になった。そこへ民間保険会社がロビイストを通じた圧力やネガティブ・キャンペーンをしかけ,結局,州の政府保険は形骸化してしまったのです」
民間との抱き合わせは,改革への第一歩ではなく,行が民に食われる弱肉強食の図になることを,マサチューセッツの例は示している。

「ルポ貧困大国アメリカ II」第3章 医療改革 vs 医産複合体 p141-142

この点に関して今回の医療保険改革は解決方法を示していません。今回の法案には「政府は介入すべきでない」という保守陣営だけでなく,リベラル陣営からも「改革とはいえない」という反発が多数あがっているのはそのためでしょう。

THROUGHOUT the long debate on health-care reform, many experts complained that Congress seemed set on expanding a dysfunctional system rather than curing the dysfunction. The Obama administration retorted that Congress couldn't magically fix all the misaligned incentives of U.S. health care, but that its legislation contained the germ of transformative reform. Now the administration must take advantage of that potential.

Will health-care reform work? - washingtonpost.com

医療保険制度の機能障害を治すというよりはむしろ拡大させているのではないか,という指摘に対し,魔法のようにすべてを解決することはできないし,まだ改革は始まったばかりであるという反論はもっともです。ただ見方によっては,今年秋の中間選挙を控えて,最大の公約である医療保険改革だけは,たとえ根本的な機能障害を抱えたままであっても成立させなければならなかったのかもしれません。そのことで今後どのような影響が出てくるのか分かるまで,もう少し時間がかかるのでしょう。

参院選を前に窮地に立つ日本の民主党政権にとっても、参考になるところの多い政治過程だったのではないか。

某タブロイド紙社説より

たしかにいい意味でも悪い意味でも参考になるところは多いのでしょうけど…。