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無過失補償制度への認識


ロハスメディカルでの井上清成弁護士と元厚労相政務官の村重直子氏が無過失補償制度について対談されていますが,とても興味深い議論でした。

公平さまで含めた意味での適正さで、できるだけ多くの人が公平に救済できるようにするのが大切でしょう。同じ皆保険制の下で医療を受けて、それでハッピーな人が多いけれど、残念ながら不幸な結果が出てしまった人がいれば、それをできるだけ漏らさずに救済するというのが基本的な理念です。ですから、あえて適正と公平と言葉を分けるとしたら、どちらかと言えば公平を重視して物事をまず考える。それが裁判風の適正に近づけば近づくほどいいけれど、そのために公平を崩してしまっては何にもなりません。

村重直子の眼6・井上清成弁護士

被害を受けた方が、つらい中で弁護士を頼んだり支援を受けながら必死で裁判をやって自分の被害を何とかカバーして行くというのは、その人個人を評価すれば偉いと思います。それ自体、個人をとった場合には何も非難すべきことはないですけれど、それを皆がやっていったとしたら、もしくはできない人もいたら。できないというのは能力だけの問題ではなくて、諸環境もあるでしょうから、そこにまた落差ができてしまったとしたら、何のために無理して公平さの中に適正さを求めたのか分からなくなってしまいます。

村重直子の眼6・井上清成弁護士

制度としての公平さと補償が個人にとって満足できるかというのは確かに両立しないところがあって,そのうえで公平さを重視するという意味で「裏の皆保険」というのはいいキャッチフレーズだと思います。ここで井上氏が仰っている「適正」には,個人が訴訟をおこすことが法で認められた権利であるというのも含まれるのでしょうけど,それを制限するべきであると弁護士側が主張するのはなかなか複雑なところなのかもしれません。

無過失補償は、訴訟を根絶やしにするかはともかく大幅に減らして実効性をなくしてしまう程の劇薬になります。損害賠償訴訟をすることが正しいと思っているような人には、そんな制度自体想像がつかないものかもしれません。私の身の周りでも、皆が、えっ?と言いますね。

村重直子の眼6・井上清成弁護士

商売の種がなくなるといえば実もフタもないですが,それ以前に「損害賠償訴訟をすることが正しい」という価値観が無過失補償制度と相容れないということなのでしょう。もちろん医師がそうであるように,弁護士のかたも一枚岩ではなくいろいろな見解があるのでしょうけど。