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初診時の転送義務と後知恵鑑定

医療と司法 医療崩壊


報道によると,開業医が高次医療機関への転送を怠ったことによる損害賠償請求が認められたようです。

初診開業医に賠償命令

髄膜炎の症状を見過ごされ、治療の遅れから転院先で死亡したとして、境港市の男性会社員(当時40歳)の両親が同市内のたけのうち診療所(閉鎖)の50歳代の男性医師に慰謝料など約7500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が13日、地裁米子支部であった。村田龍平裁判長は「十分な問診と、設備の整った医療機関への移送を怠った過失があった」として、医師に約5600万円の支払いを命じた。

判決によると、男性は2001年12月、高熱や嘔吐(おうと)の症状を訴えて初めて同診療所で受診。解熱剤などを処方されて帰宅したが、症状は悪化し、翌日に救急搬送された病院で細菌性髄膜炎と診断された。その後、意識が回復しないまま、転院先の病院で05年1月に多臓器不全で死亡した。

診療所では、感染症検査などを外部に委託しており、村田裁判長は「髄膜炎と断定することは困難だった」としたうえで、「髄膜炎を疑って特有の症状を確認するなどし、病院での検査を勧めていれば死亡は避けられた」と判断。一方で「過失がなくても後遺症が残った可能性がある」として損害額の3割を減じた。

原告側の高橋敬幸弁護士は閉廷後「初診患者に対する問診の不十分さと死亡との因果関係が認められるのは極めて珍しい。初診の重要性を開業医に投げかける判決だ」と話した。

被告側の川中修一弁護士は「短時間の診療で髄膜炎と見抜くのは難しい。医師と相談し、控訴を検討する」としている。

例によって判決の詳細は分かりませんが,高熱と嘔吐で開業医を受診した方を髄膜炎であることを疑うことをせず帰宅させたことが問題とされているようです。「髄膜炎と断定することは困難だった」と判決で述べている以上,髄膜炎の典型的症状が揃っているのに診察を疎かにして見逃したということではなく,おそらくは発症早期で症状が非典型的な段階で受診されたのでしょうし,であれば,転送する必要がなく対症療法のみで治癒するような疾患の可能性をまず考慮するのはおかしな話ではありません。初診の時点で確定できなければ,時間の経過とともに症状の変化を観察しながら診断を修正する,という考え方を普通はすると思います。

自分がもし同じような状況であれば時間の許す範囲で「この症状だと対症療法だけで治る可能性が高いけれど,現時点ではまだ分からない重篤な疾患が隠れていることもあるので,症状の変化に注意してください」といった説明をするでしょう。状況によっては「症状の変化」として具体的に激しい頭痛や痙攣,意識障害といった例をあげて「その場合はすぐに受診してください」くらいはお話することもあります。そういった説明をまったくしていなかったというのであれば,医師の責任も一部認められるのかもしれません。

ただし「髄膜炎を疑って特有の症状を確認するなどし、病院での検査を勧めていれば死亡は避けられた」というからには,今回の事例で問題とされているのはそうした説明義務の話ではなく,その時点ですでに高次医療機関を紹介すべきだったのにしなかった,つまり転送義務と思われます。

当然のことですが,初診の時点では,転送する必要のない疾患も疑うことはできますし,転送が必要と考えられる病態は髄膜炎以外に疑うことはいくらでもできるわけです。その中でことさら髄膜炎だけを疑うべきである根拠が,後日判明した診断以外にないのであれば,これは「後知恵」ではないかと誰しも考えることでしょう。そしていつものことですが,「後知恵」判決が出されたということはその判決が採用した「後知恵」鑑定があるいは「後知恵」証言がある筈です。別記事ですが

境港の医療過誤訴訟:医師に5565万円賠償命令−−地裁米子支部 /鳥取
被告側は「初診で見抜くのは困難だった」と反論していたが、「重症の急性感染症が疑われ、設備の充実した医療機関を紹介すべきだった」とした岡山大の感染症専門家による鑑定結果を判決は全面的に採用した。

とあるので,今回の事例ではこの「感染症専門家」の鑑定が決め手となったようです。

考えればすぐ分かることですが,髄膜炎に限らず重篤な疾患の初期症状を疑った患者さんを全例転送すれば,転送された高次医療機関の診療がすぐにでも破綻します。だからこそ初期医療機関では転送すべき患者さんを慎重に見極めているわけですが,「後知恵」の何が問題かといえば,そうした不利益を一切考慮していないことです。そもそも転送義務の要件とされるものを読んでみると,これはきっと医療資源が無限にあることを前提にしているんだろうなという感想が浮かんでくるのですが,であればこそ,そうした転送義務の不利益は個別の事例ごとに判断するしかありません。そういう意味では,鑑定の採用にもバランスに欠けたところがあるように思えます。

被告側弁護士によれば「短時間の診療で髄膜炎と見抜くのは難しい。医師と相談し、控訴を検討する」とのことです。上級審があれば是非とも「後知恵」はあくまで「後知恵」に過ぎないことを認めて頂きたいものです。

追記(2010-09-15 09:25)

「後知恵」バイアスに関するなんちゃって救急医先生の秀逸なエントリです。ネット上で盲検を試みることで「後知恵」から逃れることの難しさを検討しています。必読。
http://case-report-by-erp.blog.so-net.ne.jp/20080118