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長谷川レポートの否定

医療政策

2006年の厚生労働省「医師の需給に関する検討会」の論拠となった医師数の需要予測については,医師の必要数が過小に評価されていること,長期的には医師の需要は十分であることが強調される報道の根拠となっていたことから,当時相当な批判を浴びていたと思います(当方も批判的なエントリを書いています)。今回文部科学省の検討会において,長谷川氏自身が当該の報告を否定する発言を行ったとの記事です。

 長谷川氏が2006年にまとめた推計はこれまで国が医師数を議論する際の重要な基礎データの一つとして位置付けられてきた。しかし長谷川氏はこの推計について「反省している」と発言。超高齢化社会で必要とされる医療が変わっていることや、高齢になるに従って管理者になったり開業するといった医師のキャリアパスを評価しきれていなかったと述べた。その上で、「世界的に見ても医療の需要予測を行っている国はごく少数で、日本以外では米国だけ。需要予測はそもそも不可能で、すべきものではなかった」と、将来推計を自ら否定した。

医師需要を過小に評価したことを反省されているのは,報告を提出された当時は不足していた現状認識がこの5年間でなされたということになるのでしょうか。そのあたりの経緯は個人的に興味深いところです。さらに将来推計そのものまで否定されていますが,将来推計がそもそも困難なものであれば随時方針を見直すような設計をすればよいわけで,他国でやっていないから必要ないというのもやや短絡的な気もします。

 長谷川氏はそれらの反省を基に、現在の医師不足に対しては、即効性の期待できる処置で適宜対応すべきと提言。具体的な対策として、海外からの医師受け入れや医療に関する役割分担の見直し、病院の外来機能の縮小などを挙げた。

これに関しては当時の報告でも,短期的には医師の不足は生じるが養成数増加では間に合わないため,早期養成や海外医師の輸入あるいは需要の抑制で対応するという話だった筈で,そのあたりはそう大きな変わりはないようです。となると「反省」しているのは医師の必要数を過小評価して,医師養成数をそれほど増やす必要がないという結論を導いたというあたりでしょうか。

まあ今回は文部科学省の検討会ですし,他に呼ばれている顔ぶれから推察しても,求められている結論が厚労省とは異なるということなのでしょう。余計な心配ですが,自らの論拠を当人にここまで否定された厚生労働省側が今後政策の整合性を保っていくためには,やはり発言を「見なかったことにする」のが手っ取り早いんでしょうか。


以下に記事を引用。

 1月28日、文部科学省は第2回「今後の医学部定員の在り方等に関する検討会」を開催。日本病院会会長で聖隷浜松病院院長の堺常雄氏と、済生会栗橋病院副病院長の本田宏氏、2006年にまとめられた厚生労働省の「医師の需給に関する検討会」で医師数の推計を手がけた日本医大医療管理学教室教授の長谷川敏彦氏に対するヒアリングを行った。

 長谷川氏が2006年にまとめた推計はこれまで国が医師数を議論する際の重要な基礎データの一つとして位置付けられてきた。しかし長谷川氏はこの推計について「反省している」と発言。超高齢化社会で必要とされる医療が変わっていることや、高齢になるに従って管理者になったり開業するといった医師のキャリアパスを評価しきれていなかったと述べた。その上で、「世界的に見ても医療の需要予測を行っている国はごく少数で、日本以外では米国だけ。需要予測はそもそも不可能で、すべきものではなかった」と、将来推計を自ら否定した。

 長谷川氏はそれらの反省を基に、現在の医師不足に対しては、即効性の期待できる処置で適宜対応すべきと提言。具体的な対策として、海外からの医師受け入れや医療に関する役割分担の見直し、病院の外来機能の縮小などを挙げた。

 堺氏、本田氏は、それぞれ現場の感覚から、医師不足の深刻さを強く主張。堺氏は聖隷浜松病院の院内調査から、医療機関の集約化などだけでは医師の過重労働は解決しないとし、70歳未満の病院勤務医の労働時間を週48時間労働にするためだけでも5万人程度の医師数増が必要だと訴えた。また、本田氏も「厚労省の示す医師・歯科医師・薬剤師調査には65歳以上の高齢医師4万人も数に入っており、前回の検討会で配られた資料でもカウントされているが、まず実働数で医師を数え直すべき。医療補助職のあり方によって必要医師数は変わってくるが、医師は明らかに足りない」と主張した。

 ヒアリング後のディスカッションでは、医療が崩壊状況にあるという認識への異論はなかったものの、メディカルスクール構想や医学部新設などに関しては見解の一致を見ず、現在のような既設医学部の定員増で対処すべきなどの意見が出された。