イレッサ裁判に関する素朴な疑問


先日,イレッサの有害事象に関する国と製薬企業の責任を問う裁判の判決が大々的に報道されていました。当方の理解では,有害事象が起きた直接の責任ではなく,有害事象が起きうることを周知せず適切な治療選択の機会を奪った責任,というほうが近いようです。医療訴訟でいうところの説明義務違反みたいなものでしょうか。以下,例によって司法関係の知識は素人以下なので誤りがありましたらご指摘ください。

原告側弁護団のサイトに判決要旨(PDF)がアップロードされていたのを拝見したのですが,「企業は責任を問われ,国は問われなかった」といった単純な話ではなくて「国としては十分な対策を講じたとは言えないけど,賠償責任が生じるほどではない」くらいの微妙な判断のようです。

この判決要旨を読む限りでは,添付文書が初めから有害事象を強調したものであれば間質性肺炎の発生を防ぐことができた,というのが暗黙の前提に思えました。まあ,ここを前提にしないとそもそも責任が問えないのでしょうけど,実際のところ本当かなという気もします。治療する医師にしてみれば,添付文書に有害事象が強調してあっても,それを上回る効果が期待できるのであれば薬剤の使用を勧めるでしょうし,結果として有害事象はゼロにはならないわけです。

ただどうも問題はそこではなく「専門医以外のメリットとデメリットの評価が十分に出来ない医師も使ったのだから,もっとデメリットを強調すべきだった」ということのようです。ということは判決にあたって「薬剤を使用した医師の相当数が専門のレベルより低い知見しか持ち合わせていなかった」ということが,事実として認定されたことになります。これって結構重大な話だと思いますが,その根拠が何だったのか,どこかに統計資料があるのか,どこかの識者がそのように証言したのか,当方の観測範囲ではよく分かりません。ご存じのかたがいらしたら是非ご教示頂きたいところです。

さらに付け加えると,「専門医以外の医師」が多数関わったことに要因があるとすれば,添付文書を充実させるだけでなく,他の先進的な治療ではそうしているように,使える医師あるいは医療機関を制限するという手段もありますし,むしろそのほうが有害事象の発生を最小限に抑える効果は高いのではないかという気もします。このあたりを追及すると,むしろ責任を負うべきは製薬企業より国ではないかという話にもなるのかもしれませんけど,判決要旨では特に触れられていないようです。裁判の過程でそういう議論は出てこなかったんでしょうか。ここもよく分かりません。

結局のところ,裁判というのは当事者の利害を裁定することが目的で,別に「真実」を追及するための場ではありませんから,当方の素朴な疑問が解消できないとしても別に不思議な話でないのでしょう。とはいえそのようにしていろいろな問題点が置き去りにされながら,こういう判決が積み重なって医療行政や製薬企業の経営方針が決まっていくとすれば,誰も得することのない方向に物事が進んでいく可能性が大いにあるように思われますが如何でしょうか。