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「薬害」って何だろう


最近になって中学校で「薬害」について学ぶための冊子が厚労省文科省の協力の下で作成されたとの記事を目にしました。意味合いが一定しないので個人的には極力使いたくない言葉ではあるのですが,義務教育の中でそんな「薬害」をどう扱うのか,興味深いところです。厚労省によると,

厚生労働省医薬食品局では、平成22年7月から、文部科学省の協力を得て、「薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会」を開催し、中学3年生を対象とした薬害を学ぶための教材についての検討を行いました。様々な方からご意見を伺いながら検討を行い、平成23年3月に本教材が完成しました。
 本教材は、「薬害」と呼ばれている医薬品等による健康被害を知るとともに、その発生の過程や社会的な動き等を学ぶことを通じて、今後、同様の被害が起こらない社会の仕組みの在り方等を考えることを目的としており、主に社会科(公民分野)で活用されることを想定しています。
 本サイトは、教材をより有効にご使用いただくための参考資料を集めたものですので、是非ご活用ください。

薬害って何だろう?-薬害を考えるにあたって- | 厚生労働省

とのことです。その教材がこちら(PDF)です。「薬害って何だろう?」とタイトルに謳っているので,当然「薬害」とは何か,という説明があるかと思ったのですが,2ページ目にあるのは

という問題提起です。その次には具体的な「薬害」の例が年表形式で提示されています。挙げられているのは「ジフテリア予防接種による健康被害」「サリドマイドによる胎児の障害」「キノホルム製剤によるスモンの発生」「クロロキンによる網膜症」「解熱剤による四頭筋短縮症」「血液製剤によるHIV感染」「血液製剤によるC型肝炎ウイルス感染」「MMRワクチン接種による無菌性髄膜炎」「ヒト乾燥硬膜の使用によるプリオン感染症(クロイツフェルト・ヤコブ病)」「陣痛促進剤による被害」の10項目です。つまりこれらの事例から「単なる副作用と薬害の違い」を読み取る,という課題のようです。

そのあとは「薬害とはどのようなものなのか被害者の声を聞いてみよう」「なぜ薬害は起こったのだろう」「どうすれば薬害が起こらない社会になるのだろう」と続きますから,結局「薬害って何だろう?」に対する明確な回答はこのパンフレットの中では示されていません。

この教材を作成するに当たって開催された検討会の議事録を読んでみると,どうも「薬害」の定義にはあまり踏み込まない姿勢が随所に見受けられます。出席している委員(PDF)の多くは,いわば国や企業の責任によって健康被害を受けたと主張する団体の代表の方々ですから,ご自分が「薬害」であると主張するものこそが「薬害」である,という前提でお話しされるのは無理のないところでしょう。あるいは「被害者」の範囲を狭めないためには「薬害」の定義にこだわらないほうがいいという判断もあるかもしれません。むしろ論点は,国や企業の責任をどのように明らかにするのか,あるいは,健康被害を受けた方々が歩んできた苦難の道をいかに伝えるのか,といった方向に進んでいきます。

実際に健康を害されて生活に支障を来たしている方々,あるいは大事な家族を失った方々にとっては,不条理きわまりない話ですし,お気持ちは察して余りあります。ただ,そうした医薬品のデメリットを教育の場で強調することで,本来それによって得られるはずのメリットを失う可能性はどうしても危惧せざるを得ません。検討会のなかでも当然そのような指摘はありますが,それに対しては,

恐らく、これも政治的なんですけれども、小林先生が御心配になっているのは、薬というのをちゃんと学ぶ前に強力な薬害というイメージがだっときちゃったら、薬を正しく学ぶことを阻害するんじゃないかという御懸念だと思うんですが、そういう使い方はしてほしくないと思うんです。
だけど、このコンテンツ自体にその効果も入れようというのはちょっと欲張り過ぎで、このコンテンツは強力な毒も含むコンテンツなわけです。薬害という問題を扱った一つの副読本なんですから。

薬害を学び再発を防止するための教育に関する検討会審議会議事録|厚生労働省

このように「薬害」被害団体側からは強い反発を受けることになります。

どうしても気になったのは「薬害」に陣痛促進剤による被害が含まれている点です。

検討会において「薬害被害者」の立場からは前中医協委員の勝村久司氏からヒアリングが行われ,上記の記載は基本的にはその主張に沿ったものになっています。当方としては,胎児や母体の死亡や脳性麻痺と陣痛促進剤に関しては,責任の所在以前に,因果関係さえも必ずしも明らかではないという認識なのですが,検討会でそうした疑問が呈された形跡はありませんでした。

結局のところ「被害者」の立場に沿って作成された以上,このような内容となった事情は了解可能ではあるのですが,これが義務教育で使用される教材として適切かどうかは別問題かと思います。検討会では,あくまでこの教材は「薬害」について教えるためであり,適切な医薬品の利用については別の課程で説明すればいいという意見もありました。確かにそうかもしれませんが,実際のところ,医療の専門家ではない中学の教諭に「被害者」の立場で書かれた教材を渡してバランスの取れた授業を求める,というのもちょっと荷が重いような気がするのですが如何でしょうか。教えるほうも教えられるほうも内容を素直に受け取ってしまうと,将来医療を受ける立場になったときに,判断に過大なバイアスがかかってしまうように思えるのですが。