人生という名の会議

小籔さん起用の「人生会議」ポスター、批判受け発送中止:朝日新聞デジタル

人生の最終段階でどんな治療やケアを受けたいかを繰り返し家族や医師らと話し合っておく取り組みの普及啓発のために厚生労働省が作ったポスターに批判が多く寄せられている。厚労省は26日に予定していた自治体への発送をやめ、ホームページへのPR動画の掲載も見合わせた。

 厚労省が意思決定のプロセスであるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の日本版として「人生会議」を社会に周知するためのポスターが炎上しているようです。ポスターで伝えようとしている「余命の少ない患者さんが自分の望みをあらかじめ家族に伝えておけばよかったと後悔するストーリー」も確かにACPの一面といえますが,そこをことさらに取り上げたことが批判されているのだろうと思います。「人生会議」というくらいなので,死の間際だけでなく人生の節目節目で対話がなされるほうがいいし,結論として「家に帰る」が前提とは限らないわけですから。

 そもそもACPを導入したらそれで本人も周囲も納得できる結末を迎えられるのかといえばそんな単純な話ではなく,今でも最後まで迷ったり後悔しながらも何回も話し合ったのだからこれでよかったのだ,とせめてもの納得を得る…ということはあるでしょう。そうした人にとってあのポスターが「よく話し合わないから後悔している」というメッセージになると,大変つらいことになってしまいます。

 記事中でも指摘されているように,厚労省としては社会に「刺さる」ような広告にしたかったのでしょうけど,もともと意思決定のプロセス自体は実際のところ個別性が高い上にやっていることは地道な対話なので,インパクトのある絵面とは根本的に相性が悪い気がします。どうしてもやろうとすればあのポスターのように一面的なメッセージになってしまうのでしょう。ACP自体がそうであるように,社会に対しても地道な周知を続けるしかないのかもしれません。

 

参考:

「人生会議」してみませんか|厚生労働省 現在修正済み

厚生労働省の「人生会議」PRポスターに抗議しました of 卵巣がん体験者の会スマイリー

アドバンス・ケア・プランニング いのちの終わりについて話し合いを始める(PDF)

2018年のまとめ

あけましておめでとうございます。

いつも年末にはその年のまとめエントリをあげていたのですが今回はすっかり忘れていました。年も変わってしまいましたが,一応恒例なのでやっておこうと思います。

 

2018年の一冊 (ノンフィクション部門)

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

医療現場の行動経済学: すれ違う医者と患者

 

 ノーベル経済学賞でも注目された行動経済学ですが,情報の非対称性や不確実性の要因が大きい医療現場でそうした知見を生かそうという発想は自然です。本書では行動経済学の基礎知識(プロスペクト理論,限定合理性,ヒューリスティックスなど)が具体的に解説されていますが,特に意思決定の場面で,リバタリアンパターナリズムの立場から「ナッジ」を医療現場で活用することの意味(単なる誘導とどう違うのか?)に関する一節は,大変興味深いところです。

 正直一冊選ぶのに相当迷ったので,他の候補もご紹介しておきます。

どもる体 (シリーズ ケアをひらく)

どもる体 (シリーズ ケアをひらく)

 

 エビデンスとは別のアプローチから患者さんの世界を探索する方法論が新鮮で,一気に読んでしまいした。

 本書は前回(といっても4月ですが)のエントリに取りあげています。リテラシーだけの問題に終わらせていいのかという問題提起が印象に残りました。

 

2018年の一冊(フィクション部門) 

リウーを待ちながら(3) (イブニングコミックス)

リウーを待ちながら(3) (イブニングコミックス)

 

 同じようにパンデミックを題材にした「ファイナル・フェイズ」という作品とストーリー的には重なっていますが,本作は全3巻ということもあって物語はより重層的で,また隔絶された区域の内部だけでなく社会への影響(感染への差別)まで描いています。専門的でありながらちゃんと面白い作品だと思います。

 

2018年の一枚

SOUL SIDE OF TOWN

SOUL SIDE OF TOWN

 

 バンドの要であるベースのフランシス・ロッコ・プレスティアが肝移植,ドラムのデビッド・ガリバルディが股関節の手術で一時離脱していましたが無事復帰,本年結成50年の節目に新作が出るというだけで個人的には十分なのですが,内容にも衰えがみられないのはさすがとしかいいようがないですね。

 

以上2018年のまとめでした。本年も変わらずご愛顧のほどをよろしくお願いします。

 

健康を食い物にするメディアたち

 予約注文してあったのですがようやく読みました。

  健康や医療に関するウソ・不正確な情報とその対応策は長年にわたる課題であり,怪しい健康法やいわゆる「ニセ医療」を解説する数多くの書籍やウェブ記事がこれまでにも世に出ています。そうした解説は専門家の立場で書かれることが多いのですが,本書での著者の立ち位置は,医学部卒業という経歴ではありますがあくまで医療記者(=情報の発信者)であり,それは最終章の提言まで一貫しています。

 健康に関する不正確な情報に人が騙されてしまうメカニズムはウェブメディアでも従来のテレビ・紙メディアでも共通しているのですが,ウェブメディアに関しては検索エンジンアルゴリズムを利用することでユーザーを囲い込む仕組みがあるため,対策がより困難になります。著者はむしろこの点は逆にウェブメディアの強みであり,検索エンジンの運営側に改善の声が届いて状況が劇的に良くなった経緯を踏まえて,声が届くためのムーブメント(情報のリレー)を提言しています。

 情報を受ける側の心構えとしては,リテラシーを身につけることの意義とテクニックについてかなり詳しく解説されています。とはいえ,医療情報に対するリテラシーについてはこれまでも専門家によって繰り返し発信されているわけで,どうもそれだけで問題が解決しそうにないという問題意識も広まりつつあります。おそらくは,受け取る側の不安や怒りといった感情を背景とした認知の歪みも要因なのでしょう。そのあたりの話に関しては本書でも一章を費やしていて,個人的には一番の肝であり,そして気配りを要するところではないかと思いました。

「誰もが医療デマに騙されることのない世の中」を実現しようとするのであれば,科学の言葉が通じなくなる背景を理解しておかなければならない,と私は思いました。

P207 第四章 それでも私たちは、「医療デマ」に巻き込まれる

  この章では,科学技術への疑念からいわゆる「スピリチュアル系」に代表される科学に批判的な言説が生じた経緯を取り上げています。当方含め医療者には目の敵にされがちですが,「科学」と「非科学」という二項対立が分断を助長することはあっても,科学の言葉が届かない問題の解決に寄与しないのもまた確かでしょう。現実的な着地点としては,少なくとも現時点の科学水準でデマと判明している情報は,それによって被害を生じる可能性が高い以上許容しない,という点だけでも共有したいところですが…。