最後は自宅で2


明日の私:どこで死にますか 第2部・在宅療養支援診療所
1 最期は自宅で(cache) / 2 往診3万5000回(cache) / 3 自宅介護の悲劇(cache)

 では、「どこで最期を迎えたいか」−−。厚生労働省の意識調査(03年)では、病院が最も多く38・2%。老人ホームが24・8%で続き、自宅は22・7%にとどまる。

 自宅以外で療養したい理由(複数回答)としては、「家族の介護などの負担が大きい」(83・6%)が最も多かった。「緊急時に迷惑をかけるかもしれない」(45・7%)「痛みに苦しむかもしれない」(25・2%)「最期をみとってくれる人がいない」(11・5%)との回答もあった。

 調査は「痛みを伴う末期状態の療養場所」についても尋ねているが、「最期まで自宅で」は10・5%。ここでも「家族の負担」や「急変時の対応」から実現困難という答えが目立った。


毎日新聞に連載中の在宅医療関連記事です。記事内容についてはid:Yosyanさんをはじめ各所で詳しく議論されていますので触れません。3番目の記事で引用された上記のデータはおそらくH16年の厚生労働省終末期医療に関する調査等検討会報告書」と思われますが,これまであまり報道記事で見かけない資料で個人的には少し気になりました。これによると自宅で最期を迎えたいと希望される方は2割強であるとのことです。

これまで在宅医療の報道を読むと「自宅の畳の上で死ぬことが理想である」という前提であり,そちらへ世論を誘導しようとする意図を感じたのですが(当方は見ていないのですが在宅死を美化するようなドラマも放映されていたとのことです)その一方で,自宅で看取って欲しいという方はそれほど多くないのです。「畳の上で死ぬ」というのはひとつの理想かもしれませんが,40年前と比べて過疎化・核家族化といった社会情勢の変化により,その理想を実現するためには同居家族は多大な献身が要求されます。介護される側もそれは望んでいないというアンケートの結果はある意味当然とも思えます。

理想を実現するための行政による対策が在宅療養支援診療所への誘導ということらしいのですが,開業医が全て在支診となって24時間対応することはとても現実的ではないし,仮に対応したとしても家族の負担が劇的に減るとは思えません。個人的には政策によって生じた介護難民の問題が「開業医がもっと働けば解決する」といわんばかりの態度が大変不愉快に感じるのですが,現実を無視して「自宅で看取るべき」という報道世論を作り出して介護する家族に限界以上の負担を強いるとすれば,なおさら許し難いと考えます。


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