善意による医学の否定


数年来糖尿病で通院治療していた患者さんがある時から受診に来なくなりました。約1年経ってから口の渇きを自覚して来院されたのですが,その間はどこの医療機関も受診していなかったとのことで,当然糖尿病は悪化していました。不可解に思って事情を聞いたのですが,どうもはっきりしません。よく話を伺ってみると,某健康食品を「糖尿病に効く」と勧められて服用してたらしいのです。しかもどうやらほとんどネズミ講に近い販売手法のようで,一人暮らしの患者さんのところで何かと身の回りの世話をしてくれ,強く勧められたのを断り切れなかったとのことです。


健康食品に関しては治療の妨げにならなければ禁止はしないが,明らかに効果がないようだし,高額な料金を考えると見合わないのでは?という説明をして,そのときは治療を再開すると約束して頂いたのですが,数回受診したあたりでまた受診が途切れました。自宅に何度か連絡しても口を濁して結局そのままでした。その患者さんが再び受診されたのはその半年後,亡くなった夫の生命保険まで使い果たして生活に困窮し,遠くに住む親族が経緯を知って強引に連れてきたときでした。聞いてみると某健康食品を勧めた人物に「糖尿病は薬を飲んでも意味がない」と説得されて信じていたようです。以前から続けていた食事療法,運動療法も止めていました。


個人情報の観点から細かい点は脚色していますが,大筋はこの通りです。自己決定能力が低い方が一人暮らしをしなければならない事情や,そうした方をターゲットにした商法が横行している現状など,いろいろな社会的課題が問われるケースだとは思います。今回は結局親族と同居して通院を継続していただけることになり,治療中断という事態は免れました。当方にとっては自分の説明能力の低さを思い知ることにもなりました。


今回某健康食品を勧めたの人物は単純に金銭目当てだったのか,あるいは患者さんの身を案じて「病院の薬」より素晴らしいと信じる健康食品を勧めたのか,はっきりとは分かりません。前者であれば自らの利益のために他者が不利益を被ることも厭わないという悪意が明らかで,許容はできませんが動機について了解は可能です。もし後者であった場合,つまり善意から医学的治療を否定しているとすれば,介入することによってむしろ信念を強固にしてますます事態がこじれることも考えられ,そうなると医療者側としてはやりきれない気持ちになります。変な話ですが,悪意があったほうがむしろ気は楽というのはあるかもしれません。