ある財務省官僚から見た医療崩壊


医療崩壊の真犯人 (PHP新書)

医療崩壊の真犯人 (PHP新書)

著者は財務省から厚労省保険局に出向して「医療費の適正化」を担当していた元官僚とのことです。前著「高齢者医療難民 (PHP新書)」では直接担当していた療養型病床削減計画について経緯を詳しく解説されていましたが,本書では「入門書」として医療崩壊を概説されています。ここ2〜3年医療関係記事をネットで追ってきたような層にとっては既出と思える内容が多いかもしれません。とはいえ,個人的にはなるほどと思わされる箇所もありました。


たとえば大企業の健保組合の保険料負担が相対的に少なく不公平であることを指摘したあと,こう続けています。

このような指摘を行うのは,決して弱者が不憫だからとか,企業を悪者にしたいからではない。
社会保障制度は何も弱者保護のためだけにあるのではない。社会保障制度がきちんと整備され,社会の長期的な安定性の基盤が確保されることによってはじめて,健全な市場競争も可能となる。その意味で,国民皆保険制度のメリットは企業も大いに享受しているのである。

第5章 増加する患者負担と保険料負担 p108

社会保障が経済成長の足かせとなるとか,逆に経済成長を目指すことで社会保障が軽視される,といった対立軸で捉えるのでなく,経済成長するための基盤として社会保障の確立が必要であるという考え方は,患者でも医療者でもない大多数の方々が納得を得るためには大切ではないかと思います。


また別の章で,なぜ旧厚生省が自らの権限を縛るような医療費抑制論を主張したのかという考察をしています。

それは,厚生労働省がほかの事業官庁とは異なり,財政当局に近い発想を持ちやすい立場にあるからだ。
公共事業費や教育費の場合,それぞれの事業官庁は基本的財務省から予算を獲得しなければならないが,医療費には税金だけでなく保険料も投入されている。
このため,医療費が増加して医療保険財政が悪化していけば,いずれ税金の投入額だけでなく保険料も引き上げなければならなくなる。
医療保険財政を所管しているのは厚生労働省であり,どうしても発想が(財務省ほど強硬な財政再建至上主義でなくとも)財政当局的になるのだ。

第6章 「医療崩壊」の原因を探る p121

もちろん官庁だけの事情ではなく政治的な背景もあるんでしょう。とはいえ国道交通省が「公共事業費亡国論」なんて言うことはありませんし,言われてみればそういう要素もありそうにも思えます。このあたりは官僚ならではの見方といえるかもしれません。


いずれにしても筆者は財務省から厚労省に出向しているという立場でありながら医療費抑制政策は誤りであるという結論に至ったわけで,職を辞するに至る経緯は詳しく書かれていませんが,激務に耐えるモチベーションが著しく低下したであろうことは察せられるところです。