パターナリズムと日本


先日の記事に対してリンクとTBを頂きました。大変参考になる指摘があったので,当方なりに考察してみました。


インフォームド・コンセントと日本 - 経済学101

インフォームド・コンセントが問題となるのは、患者と医師との間に情報の非対称があるからだが、情報の非対称による最大の問題は患者と医師の利害対立(プリンシパル・エージェント関係)であってパターナリズムではない。

患者さんにとって問題なのは知らないところで不利益を受けることである,という指摘です。この考えに立てば,そうした不利益を被る懸念がさほどない場合は別に全てを知らされなくても構わない,ということになり,説明に要するコストを考えたらこれはこれで合理的ではあります。

ではなぜ、日本ではインフォームド・コンセントパターナリズムの問題として捉えられるのか。それは上に説明した情報の非対称に由来する問題がもとから軽微であるためだと考えられる。

アメリカと比較したときに患者-医師間で利害対立が少ないかのどうかは両者の医療保険,経営状況,倫理観などが絡んでくるのでしょうけど,個人的にはアメリカの実状を詳しく知らないので判断しにくいところです。総合的に日本のほうが利害対立が少ないということなら,それは何よりと思います。

利害対立で連想されるのは医療訴訟ですが,どうも見ていると医療側敗訴のさいに説明義務違反が認定される事例が目立ちます。説明義務違反というのは,説明を怠ったことで患者さんが自分で適切な治療を選択する権利を奪われた,という一種の精神的損害を認めるものと当方なりに理解しています(このあたり,認識が誤っていたら御指摘ください)。

ということは,少なくとも日本では,患者-医師間の利害対立とパターナリズムが結びつけられるような法理があって,それゆえにインフォームド・コンセントパターナリズムの問題として捉えられるのかも知れません。なおインフォームド・コンセント発祥の地であるアメリカでは,意外にも説明義務違反が認定されるのは一般的でないという話もどこかで聞いたことがありますが,これも実状はよく知りません。実際のところはどうなんでしょうか。