任意接種は必要性が低い?


定期接種と任意接種のちがいというのは,医療行政的なタテマエとしては,対象となる感染症の重症度やワクチンの有効性によるもので,要するに必要性が高いからということになっていますが,現実には必ずしも公衆衛生学的な必要性だけでなく,医療行政の遅れ,有害事象に対する非難(に対する責任回避),そしておそらくは予算上の制約といった要因が絡んでいるように思われます。じっさいWHOで勧奨されているワクチンが日本では定期接種の対象外という事実もあります。

とは言っても「必要性に応じて」が公式な見解である以上,ワクチンを受ける側からすれば任意接種イコール必要性が低い,という認識になってしまいます。そうした状況で予防接種を受けず,感染症によって命を失ったり,後遺症を残したりするケースがあるのは何ともやりきれない思いがします。あくまで確率論なので,ワクチンを受けていれば必ず助かったのかとまで言い切ることはできないとしても,当事者にすれば後悔が残るのは確かでしょう。

ただ,社会全体からすると頻度の低い事象を上記のような個人レベルでのメリットで論じてしまうと説得力にはやや欠けるきらいがあり,どうしても感情に訴える傾向が強まってしまいます。こういうとき本来は,集団免疫による社会へのメリット(医療費抑制が期待できる数少ない手段でもあります)がもっと強調されてもいいような気がするのですが,メディアはこういう地味だけど重要という話題はなかなか取り上げてくれません。

先日毎日新聞に掲載されていた国立成育医療センターの斎藤昭彦先生によるコメントはなかなかいい感じでしたが,先ほど確認したら残念ながらサイト上から消えていました。幸いgoogleのキャッシュが残っていたので,そこから一部引用します。

−−なぜ、いままで定期接種にならなかったのでしょう。

◆国内では長らく、ヒブによる髄膜炎の正確な患者数が分からないままで、発生頻度は少ないのではないか、という誤解があった。確かに、米国では87年の定期化前に10万人当たり約40人が発症していたのに対し、日本では8、9人程度だったという報告がある。それでも、国内では年間約600人がヒブによる髄膜炎にかかり、20人に1人が死亡、4人に1人が発達障害や聴覚異常などの重い後遺症に苦しんでいる。

欧米と違い、日本ではまだ、大勢の人がワクチンを接種して社会全体を病気から守ろうとする「集団免疫」の考え方が乏しい。加えて、ワクチンの副作用についての過剰な恐れや法律面のハードルもある。


−−定期化で医療費が増大する懸念もあります。

◆費用対効果を考えましょう。国立病院機構三重病院の神谷斉名誉院長らの調査などをみると、定期化の恩恵は明らかです。定期化した場合、患者数と医療費が大幅に減り、ヒブのせいで親御さんの仕事が滞ることもなくなるので、社会全体に年間200億円ぐらいの恩恵がある。ヒブに次ぐ細菌性髄膜炎の原因菌で、肺炎なども引き起こす肺炎球菌にいたっては400億円ものプラスです。ヒブによる髄膜炎の発症がゼロに近づいた米国でも、大きな経済効果があったと言われている。


−−任意だから接種の必要を感じない親御さんもいるようです。

◆帰国して1年半になるが、15人の細菌性髄膜炎の子どもを診察した。うち4人が重い後遺症と闘っている。他にも原因菌があり、ヒブワクチンを打っても細菌性髄膜炎にならないとは限らないが、罹患(りかん)する可能性は確実に減る。生後2カ月から接種できます。ヒブによる髄膜炎は2歳以下に多いので、早めに接種してください。

子どもナビ:「ヒブワクチン定期接種を」 国立成育医療センター・斎藤昭彦医長に聞く(cache)

こういう見識はもっと周知されてもいいと個人的には思います。