不正な医療への取り締まりとインセンティブ


医療制度を悪用して不当な利益をあげる事例がしばしば取り上げられます。医療に期待される社会的機能を思えば,患者さんや低所得層の方をターゲットにするということに対して怒りを覚えるのも当然でしょう。ではどうすればそうした行為が根絶できるのかということでまず思いつくのは,例えばそうした不正をはたらいた医療者は刑事罰行政罰を与える,といった厳罰化あたりでしょうか。

ただし,その医療者が形式的な主犯とされ罰せられても実質的に不正をおこなう業者そのものは対象とならないことは十分にあり得て,その場合資格を適正に使わなかった医療者が処罰されるのは仕方ないとしても,その後同様の不正を繰り返すことは防げないでしょう。

もうひとつ考えられる問題としては,罰する基準を厳しくした場合,不正をおこなっていない医療者までが取り締まりの対象となることです。そうなれば結局は必要な医療を受けるべき患者さんにとって不利益が生じます。不自然に高額な医療費を請求した,といってもそれが本当に必要な医療だった可能性もあるわけで,不正なのか見極めるにはレセプトだけでなくカルテも含めて実際におこなわれた医療行為を精査する必要があります。そのためには,精査する側の専門知識も必要になり,なにより現状よりはるかに多い人員が必要になります。当然そこには時間的・物理的かつ財政的な制約が生じることになります。

冷静に考えれば,正当な行為よりも不当な行為のほうが利益が上がるようなシステムを見直して,患者さんにとって利益のある方向にインセンティブを与えるほうが良いように思えます。悪意をもって制度を悪用する人間を根絶するという発想はやめて,やらない方向に誘導できれば良しという考え方です。取り締まりの巻き添えを食って治療が受けられなくなる心配も少ないでしょう。

ただし,それではおそらく冒頭にあげた「不正行為に対する怒り」を鎮めることはできず,むしろ「盗人に追い銭を与えるのか」というさらなる反発を招くかも知れません。人間というのはそうそう合理的にできていないのでそれもまた仕方がないと思います。結局は,社会がそれなりに納得できるような取り締まりと,正当な治療に対して不利益がないような配慮のあいだのバランスということになるんでしょうけど,やはりなかなか一筋縄ではいかない話です。