二年目の春

以下は個人情報につき事実の一部を脚色しています。

昨年の初め頃,震災と津波により長年住んでいた家を失った高齢の女性が当院を受診されました。もともと独り暮らしでしたが,当地に嫁いだ娘さんが仮設住宅での生活を心配されて転居することになり,これまで近くの医療機関で受けていた診療を継続したいとのことでした。紹介状もなく手持ちの処方薬から診断を推測しながら診療を始めたのですが,診察室でのやりとりからは従来からある疾患よりもむしろ生活環境の急激な変化によるストレスが彼女にとっては大きな問題に思えました。背景として高齢に伴う心身の衰えもあるのでしょう。当方が医師としてできることはそれほど多くなく,安定剤が中心の処方を睡眠リズムが安定するよう整理することと,あとは彼女の訴えを拝聴するくらいです。

当初は口数も少なく故郷の話をしては涙を流していたのが,次第に笑顔も見せるようになり,震災後の状況を冷静に振り返るような言葉もありました。時間が経って次第に現実を受け入れ始めていたのかもしれません。そんなこんなで当方も安心し始めた半年後,娘さんが「やはり故郷に帰りたい」と彼女が希望していると相談にみえました。医師の立場からは冬期の独居はリスクが高いと思いますし,当然のように娘さんは相当引き留めたようですが,彼女も十分承知の上での決心だったようです。結局冬を迎える少し前に故郷に戻っていきました。

当方にとっては被災された方の不安や悲嘆,そして故郷に対する思いの一端を垣間見る機会となりました。幸いにして支えになる肉親に恵まれた彼女だけでなく,居場所を失った数多くの被災者が今なお仮設住宅での生活を送っていることを思うと言葉を失います。この冬の寒さは昨年にもまして厳しいことでしょう。先日みえた娘さんによると,彼女は現在のところ大事なく暮らしているとのことでホッとしました。いずれまたお会いできる日を待つことにします。

最後に改めて,震災で亡くなられた方々に哀悼の意を表し,被災地の生活が一刻も早く再建されることを祈念します。