在宅不適切事例の適正化

来年度の診療報酬改定について在宅関連だとやはり「在宅不適切例の適正化」(P55)が話題になっているようです。

在宅医療を担う医療機関の量的確保とともに、質の高い在宅医療を提供していくために、保険診療の運用上、不適切と考えられる事例への対策を進める。

具体的には

同一建物における同一日の複数訪問時の点数を新設し、適正化を行う

ということです。同一建物というのはこの場合要する最近増加傾向にある有料老人ホームやケア付きマンションのような「自宅」扱いの施設を指していて,そういった施設で同じ日に多数の訪問を行うような診療形態を問題視しているのでしょう。つまり短時間で多人数を診療するのは「質の低い在宅医療」であり「適正化」しなければならないとの見解です。

具体的にはどうするかといえば,要するに施設を同じ日に訪問した場合の点数をバッサリ削るということのようです。今回の改定を議論する過程で在宅患者の紹介ビジネスが大きく取り上げられたというあたりでここが狙われると予想した向きは多かったと思いますが,ふたを開けてみると予想以上で,例えば無床の従来型在宅療養支援診療所で院外処方の場合,在宅時医学総合管理料(在医総管)としてこれまでは4200点を算定できましたが,同一建物については来年度からはなんと1000点まで切り下げられます(自宅の場合は従来通り)。これは有床でも強化型でも院内処方でも同様です。

ちなみに在医総管を算定していない場合でも,通常の訪問診療料についてはもともと同一建物だと830点から200点に切り下げられていたのですが,来年度からはさらにカットされて100点です。こうなると外来で診療するのとあまり変わらないことになってしまいます。

これまで通りの診療報酬を前提にしていた施設訪問主体の在宅クリニックは,おそらくイチから経営プランを立て直さなければならないのではないでしょうか。当院は金額の比率でいうと施設訪問の割合は多くないのでそれほど影響はなさそうですが,かといってこれでいいとは思えません。本来,独居や老老世帯が増加もあって自宅での家族介護の限界が目に見えてきた結果,自宅外の「在宅」という方向性を示してきたのは厚労省自身の筈です。

疑問に思うのは,こういう方法で「質の高い在宅医療」が実現できるのかという点です。数をこなしている「質の低い」在宅医の診療報酬をカットすれば質が高くなるかといえば,さらに数を増やして対応するか,そもそも在宅から撤収するかでしょう。「質の低い」在宅医を排除することが効果的なのは,前提として在宅医療の供給が十分にあって,なおかつ「質の低い」在宅医がそうでない在宅医を駆逐している場合ではないかと思うのですが,果たして現実はそうなんでしょうか。しかも「同一建物」という基準に質の評価は含まれませんから,下手をすれば「質の高い」在宅医までまとめて排除されてしまいます。

「質の悪い」在宅医が参入するくらいなら供給が不足してもやむを得ないというのも考え方としてはあるのかもしれませんが,その場合には,急性期→回復期→在宅という全体の構想が破綻するような予感がするのですがどうなんでしょうか。それとも当方が思いつかないだけでうまい解決策があったりするんでしょうか。この項続く(予定)。

主治医機能の評価?

来年度の診療報酬改定の概要が発表されたので先程目を通してみました。とりあえず何だこれ?と思ったのは「主治医機能の評価」(P42)という項目です。

外来の機能分化の更なる推進の観点から、主治医機能を持った中小病院及び診療所の医師が、複数の慢性疾患を有する患者に対し、患者の同意を得た上で、継続的かつ全人的な医療を行うことについて評価 を行う。

ということで「地域包括診療料」が新設されます。これだけ読んだら高齢者を対象とした慢性疾患の包括支払ということで6年前の後期高齢者診療料の焼き直しのようですが,点数は600点から1500点の大幅増となるかわりに要件は診療所の場合

  • 時間外対応加算1を算定していること
  • 常勤医師が3人以上在籍し
  • 在宅療養支援診療所であること

を「すべて」満たす必要があるとのことでかなり厳しくなっています。イメージとしては24時間対応の在宅診療をチーム制で取り組んでいる診療所が外来での慢性疾患の管理も行うという感じで,後期高齢者診療料よりもだいぶハードルが高くなりそうです。ただ在宅を主体としたクリニックがそこまで手を広げることができるんだろうかという気もしますし,一方実際に高齢者の慢性疾患に対応している多くの零細個人開業医にはあまり恩恵がなさそうです。なんでまたこんな中途半端な設定にしたのか分かりませんが,考え方によってはむしろ,意図的に使いにくい制度にすることがコスト節約という目的には叶っているのかもしれません。この項続く(予定)。

医療事故調再び2

厚労省がかねてから推進していた医療事故調法案が今回提出の運びとなるようです。

医療事故の原因究明と再発防止に役立てるため、厚生労働省が法制化を目指す第三者機関「医療版事故調査委員会」について、自民党社会保障制度特命委員会・厚生労働部会合同会議は28日、2年以内に制度を見直すことなどを条件に大筋で了承した。厚労省は今国会に制度創設を盛り込んだ医療法改正案を提出する。

 法案では診療行為に関して患者が予期せず死亡した場合、医療機関は民間の第三者機関への届け出と院内調査が義務付けられる。調査結果に納得できない遺族は第三者機関に再調査を求めることができ、調査結果は警察や行政に通知しない。

 ただ、医師が患者を「異状死」と認めたケースは従来通り医師法に基づき警察に届け出る義務があり、一部の議員らが「警察が介入する恐れがある」などと反発していた。法案ではこうした意見も踏まえ、2年以内に医師法との関係性についても結論を出すとの文言が盛り込まれる見通し。

医療版事故調を設置へ 自民が大筋了承:日本経済新聞

法案に関しては昨年4月にも取り上げていますが*1,特に指摘された問題点が改善されたわけではありません。今回提出にあたり自民党内の医系議員から「事故調設置とセットになる医師の過失責任を免除する仕組みの議論が不十分」との異論が出ていて*2,提出が見送られるかもという報道*3もありましたが,結局は「2年以内の見直し」で妥協したということのようです。

医療事故を業務上過失致死という概念で扱うことの弊害と事故調によりそれが改善できないことも当初から指摘されていますが,こればかりは厚労省の管轄でいくらルール変更しても解消するものではありません。大野病院裁判があって以降医療事故の刑事告訴はなりを潜めましたが,それもあくまで検察側が消極姿勢を保っているというだけで,山本病院事件*4級の「誰が見ても医師に問題がある事例」が再度起きて世論の風向きが変わればどうなるか分かりません。いずれそうなる前に医療事故における刑法の扱いについて厚労省の枠を超えて議論しなければならなかった筈なのですが,残念ながら民主党政権時代をはさんだこの数年にそうした形跡はありません。決して現実化してほしくはないのですが,通常の医療行為が刑事事件化されるという事態が再び起きることは想定しておいてもいいと思います。

患者側と医療側の紛争解決手段という側面から期待する向きもありますが,専門領域で生じた事故を裁断するのは決して容易ではなく,さらに情報公開と再発予防はトレードオフ*5である以上,その結論の取り扱いも慎重を要します。具体的には調査結果の民事訴訟の証拠への採用を制限するという運用が考えられますが,法案審議にあたってそのような議論にはなっていません。

他にもいろいろ論点はありますが当面の現実問題として,第三者機関が鳴り物入りで設立されたとしても案件を審理するための専門家がどこからか湧いて出てくるわけではありませんから,処理能力が要求に応えられないことは容易に想像できます。そうなったときの厚労省の対応は,これまでのやり方から判断する限り,処理能力を上げるのではなく「需要」を抑制する方向にむかうのではないかと密かに考えているのですが如何でしょうか。