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新聞社の凋落


新聞社―破綻したビジネスモデル (新潮新書)

新聞社―破綻したビジネスモデル (新潮新書)

最近新書ばかり読んでいますが診療の合間には丁度よくて,診療が空いている日なら一日で読めてしまいます。本書は毎日新聞の元常務による新聞業界事情の解説。そういえば先日紹介した「メディア・バイアス」の著者も毎日新聞記者出身でした。あの新聞には脱出して問題を指摘したくなる何かがあるのかどうか分かりませんが,メディアの当事者の主張に興味があり手にしてみました。

販売拡張の手法だとか発行部数公表の問題,メディア系列化による弊害はだいぶ昔からの話題で,改めて読むとこれはこれで面白くはあるのですが,当方としては知りたかったのが取材・報道の手法に対する当事者の見解です。残念ながらほとんど言及がないのですが,かなり後半になって以下のような記述がありました。

 「事件や役所の発表は通信社にまかせればいい。その要員とコストを独自の取材にあてたら」というのが私の主張でした。(中略)
 記事には事件や出来事を伝えるものと,それを掘り下げる解説とがあります。今日,新聞に求められているのは,言うまでもなく後者。極論すれば「解説部」と「論説部」があればいいぐらいです。
 独自取材や良質の解説を書くためには,自分なりのしっかりした問題意識と勉強が必要です。若い記者は,記者クラブで事件待ちをするより,外に飛び出したいと思っているでしょう。
第4章 新聞の再生はあるのか p181

公式発表は共同原稿ですませばその分独自の取材が出来て,解説・論説を自前でまかなえるということらしいです。見解の相違なんでしょうけど,確かに各紙全く同じでは仕方がないので独自の取材は大事だとは思いますが,専門性の高い分野に関して素人の中途半端な解説は必要ないと思います。必要なのは問題を取り扱うに相応しい専門家に取材し,取材内容を主観を交えずに記事にする能力でしょう。新聞社のスタンスを示すための論説はあっていいと思いますが,記事そのものがスタンスに影響を受けて事実を曲げるようでは本末転倒です。

関係ないですが「若い記者」に関しては少し同情します。例えとして適切か分かりませんが,研修医が腕を上げたいのに大学病院で飼い殺しにされているようなもので,それが在職中に渡って続くと想像するとちょっと耐えられないです。まあ気概のある方は見切りをつけて脱出するのかも知れませんが。