医療事故の再発防止と情報公開


医療ガバナンス学会に掲載された院内事故調査委員会に関する小松秀樹先生の論文です。

本来「医療事故の医学的観点からの事実経過の記載と原因分析」を目的とするはずの院内事故調査委員会ですが,設立そのものが事故報道を受けてのものだったりすると,はじめから過度に懲罰的な傾向を生じることが指摘されています。例として挙げられた東京女子医大事件では,社会への対応のために科学的事実が曲げられ,医師個人に責任を負わせる報告書が作成されています。また,こうした調査に弁護士が関わることの問題点として,代理人であることで特定の利益のために判断が偏る可能性と,法律家として規範的思考により事実に対する認識が歪む可能性を挙げています。

専門的分野を扱う組織,とくに複雑で不確定要素を含むシステムを有する場合,個人への懲罰によって事故の再発を予防することは困難です。事故の原因究明には当事者の証言が必要ですが,懲罰を目的とする調査では必要な情報が得られません。特に外部への公開を前提とした場合は刑事あるいは民事訴訟の材料となります。その一方で,事故に関する情報が出てこないことで報道をはじめとした組織への社会的な圧力は高くなります。

結局,医療事故に関する院内調査において,事実の解明と,それを情報公開することのあいだにはトレードオフの関係があって,「院内調査について、専門性とともに新たな社会性と中立性を確立していく必要に迫られている」というのはかなり難しい課題なのでしょう。公正さを期するためにオブザーバーを調査委員に加えることはひとつの妥協案ですが,司法関係者に限らず,原因究明と情報公開の関係を考慮しないと,再発防止という観点からはむしろ障害となりうるように思います。

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■ヒューマンエラーは裁けるか 2010-03-01

公正な文化は,絶対的なものでなく,妥協に関するものである。公正さを達成するということは,白黒つけるということではない。歩み寄って解決することを求める。公正な文化における裁定は押しつけるものではなく,取り引きされるものである。裁定を求めるこの取り引きは,すべての関係者が利益を得るには何が最善かを発見するプロセスである。