「医療ミス」というメディア用語


2006年,京大病院で脳死肺移植を受けた患者さんが不幸にも亡くなった事例で,執刀医と麻酔科医が京都地検に送致されていましたが,このたび不起訴という結果になったようです。


元京大医師ら3人不起訴 脳死肺移植の女性死亡 - 47News

京都大病院で2006年に脳死肺移植手術を受けた女性=当時(30)=が重い脳障害に陥り、死亡した事故で、京都地検は26日、業務上過失致死容疑で書類送検された当時の執刀医ら3人を嫌疑不十分で不起訴処分とした。

地検は「経験豊富な専門医でも予見し難い特殊例だった可能性がある」と指摘。さらに「(脳障害である)低酸素脳症の原因が人工呼吸器を停止したことによるものと証明するに足る証拠はない」と説明している。

16人でつくる医療チームは06年3月、肺機能が低下した女性に、脳死判定された男性から両肺の提供を受け移植手術を実施したが、女性は7カ月後に死亡。

京都府警は今年3月、人工心肺装置で血液が完全に循環していないのに、モニターで確認せず人工呼吸器を停止し、女性を低酸素脳症に陥らせ死亡させたとして、当時の執刀医のほか、人工心肺、麻酔それぞれの責任者計3人を書類送検した。

この記事を読む限り,予見可能性を認めることができず,業務上過失致死にはあたらないという判断であったと思われます。この事例については以前のエントリで取り上げています。


■京都大学脳死肺移植手術事件 2008-04-16

病院側としては事故早期より原因究明と再発防止に向けて動いています。内部調査が困難であることにより外部専門科を加えた調査に切り替え,事故の直接の原因とそれを誘発した診療体制の問題を指摘しています。病院はその内容を公開した上で,患者側に謝罪し,再発防止策を提示しています。示談が成立していることより,患者側も対応にはある程度納得していると思われます。

これまで検察・警察が「医療事故には司法の介入が必要」と主張していたのは,医療側に自ら事故の原因を究明する努力が不足しているとか,情報を隠蔽するとか,遺族への説明が不十分で納得していないといったことが根拠だったと理解しています。しかし今回のケースではこうした点は指摘できず,明らかな過誤や故意も認められませんから,刑事事件として立件する根拠も意義もないと考えます。

業務上過失致死の容疑で送致したのは警察の勇み足,ということなのかもしれません。検察が不起訴という判断を下すうえで今年8月の福島県立大野病院「事件」の判決がどれほど影響しているのかは分かりませんが,判断そのものは妥当と考えます。


この判断に対する大手各紙の見出しは以下の通りです。

京大病院脳死移植ミス、医師3人を不起訴に - 朝日新聞
移植手術ミスで送検の京大病院医師6人は不起訴に - 読売新聞
「経験豊富でも予見困難」と医師らを不起訴処分 京大病院医療ミス - 産経新聞

現時点で毎日新聞のサイト上に当該記事は見あたりませんでした。いずれも判で押したように「ミス」を見出しに使っていますが,「過失は認められなかった」という判断に対して用いるには明らかに不適切な用語です。一紙だけなら編集担当者もしくは整理部の認識の問題かもしれませんけど,揃って同じというのはちょっと不可解です。


もっとも,マスメディアが専門家の使わない用語を勝手に作り出すことは珍しくありません*1。医療事故に関する議論を行う上でも,「過失」や「有害事象」という用語は出てきますが,「ミス」は使われないように思います。この際「医療ミス」というのは「過失が認められなかったが責任を転嫁しようと意図してメディアが用いる用語」であると定義しておくのがいいのかもしれません。

追記(2008-12-27 14:25)

脳死肺移植手術事故:執刀医ら3医師、不起訴に 京都地検 - 毎日新聞

毎日新聞は「事故」になってました。本文中,

府警は今年3月、執刀した元呼吸器外科医と元心臓血管外科医(45)、元麻酔科医(49)を「手術前に打ち合わせをしないなど初歩的ミスがあった」として書類送検した。

とありました。他紙はこの京都府警のコメントに引っ張られて上記の見出しになったんでしょうか。府警の言い分に関しては「書類送検」当時の報道がほとんどないのでいまひとつ詳細が判りませんが…。



 

*1:例えば当方も最近知ったのですが,「書類送検」は専らメディアが使用する用語で,刑法にはないそうです。