オートプシーイメージングの栄光


死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)

死因不明社会―Aiが拓く新しい医療 (ブルーバックス)

チーム・バチスタの栄光」の著者が書き下ろしたオートプシーイメージング(Ai)の啓蒙書です。異状死に対する原因究明のシステムが不充分なことはパロマのガス事故や時津風部屋の事件で知られてきましたが,世間一般では何が問題なのかよく分からない方が大多数でしょう。本書の想定される読者層はおそらくそうした一般の方と思われます。本来であれば解剖を行って死因を解明しなければならない多くのケースで解剖が行われていないという事実がまずあって,解剖を増やすことは困難な状況で,画像診断によって死亡時の医学的情報を少しでも増やそうというのが著者の主張です。

画像検索を行えば体表面の視認による検案だけよりははるかに情報は多いんでしょうけど,もちろん万能というわけではなく,第11章後半に掲載された塩谷先生の論文でも

死後CTによる内因性死のスクリーニングでは,脳出血クモ膜下出血,大動脈解離,大動脈瘤破裂といった出血性病変が診断できる。来院時心肺停止状態での搬送患者の三割弱は死後CTのみで死因が確定できる。また,所見がない場合は,それらの死因を除外できる。しかし死因として最も多い急性心不全は,死後CTでは冠状動脈内の血栓や虚血性心筋梗塞といった直接死因を描出できない。救命救急現場では,狭心症心筋梗塞などの既往症,突然の胸痛を訴えた後倒れたという現病歴,死後CT丈の間接所見,例えばポンプ失調による肺水腫,著しい心拡大や左室肥大,冠状動脈石灰化などの所見を総合的に判断し,虚血性心疾患の疑いとしたい検案書に記載している。急性心不全以外に,肺動脈血栓塞栓,脳幹梗塞も死後CTでは診断困難だが,これらはコントラスト分解能に優れるMRIで診断可能である。しかし死後MRIの施行数はわずかである。


第11章 Aiの医学的考察 p245

とありますから,要は単純CTの診断能力以上ではないわけです(当たり前ですが)。解剖と組み合わせてこそ威力を発揮するのは同意ですが,そのためには解剖自体のキャパシティを上げる必要もあります。総枠として医療費を削減したい側からすれば「解剖もAiも」よりは「Aiがあれば解剖は不要」に持っていくのが当然で(その点は著者も指摘しています),解剖と比較したAiの優位性を殊更に取り上げた部分に関しては,個人的には不要ではないかと思いました。

死後の医学的情報が増えることは医学の主旨から言えば好ましいことです。もしかすると,これまで解剖という死因検索をきちんと行ってこなかったからこそ,医療には不確実性があって予想外の死因もありうるんだという考え方が定着していないのかも知れません。とはいえ,適切と考えて行った行為が必ずしも適切とは評価されないという現実もあるわけですから,今後社会がAiによって明らかになった「予想外の死因」をどのように受け入れるのか,一抹の不安が残ります。