2.18

私見

福島県立大野病院「事件」が刑事事件として扱われたことは,被告人となった産科医師と関係者はもちろん,医療そのものに深い傷を与えることになりました。この事件を通じて考えてきたのは,被告側や被告を支持する医療者の主張と同様に,「医療には予測不可能な事態が生じることがあり最大限の努力をしても避けることができないこともあり得る」,その帰結として「与えられた環境で最大限の努力をおこなったことを結果だけから誤りと判断すべきでない」ということです。


被告および被告側証人の皆さんは,被告が患者さんのために最大限の努力を行ったことを証明すべく証言台に立たれました。けれど,被告側・原告側の主張が一通り終わったあとの原告家族の証言は次のようなものでした。

加藤先生の手術の内容は、弁護側の先生からは誰でもする、特に問題がなかった、と言われました。何も問題がなければ、なぜ、妻は死んでしまったのか、とても疑問です。
人はそれぞれ異なります。それを、医学的に同一と言われ扱っても良いものでしょうか。
病院は、必要な安全のためのものが整っているところです。医師の機転や処置のとりかた、手術に間違いがなければ、なぜ妻は死んでしまったのでしょうか。

http://lohasmedical.jp/blog/2008/01/12.php

この証言から判断する限り,裁判という場で被告側が主張を交わしてきたことは,ご家族の心にまったく届いていないようにしか思えず,あまりの深い断絶に暗澹たる気持ちになります。少なくともこの裁判はご家族の心の平安には寄与せず,むしろ深い傷を残す可能性もあるでしょう。


個人的にはこの「事件」が刑事事件となったこと自体が,被告側にとってはもちろん原告側にとっても,あらたな不幸の始まりであったと考えます。せめて日本の医療の将来に禍根を残さないよう,最大の努力をおこなったことが犯罪と認定されることがないようにと願います。