健康を食い物にするメディアたち

 予約注文してあったのですがようやく読みました。

  健康や医療に関するウソ・不正確な情報とその対応策は長年にわたる課題であり,怪しい健康法やいわゆる「ニセ医療」を解説する数多くの書籍やウェブ記事がこれまでにも世に出ています。そうした解説は専門家の立場で書かれることが多いのですが,本書での著者の立ち位置は,医学部卒業という経歴ではありますがあくまで医療記者(=情報の発信者)であり,それは最終章の提言まで一貫しています。

 健康に関する不正確な情報に人が騙されてしまうメカニズムはウェブメディアでも従来のテレビ・紙メディアでも共通しているのですが,ウェブメディアに関しては検索エンジンアルゴリズムを利用することでユーザーを囲い込む仕組みがあるため,対策がより困難になります。著者はむしろこの点は逆にウェブメディアの強みであり,検索エンジンの運営側に改善の声が届いて状況が劇的に良くなった経緯を踏まえて,声が届くためのムーブメント(情報のリレー)を提言しています。

 情報を受ける側の心構えとしては,リテラシーを身につけることの意義とテクニックについてかなり詳しく解説されています。とはいえ,医療情報に対するリテラシーについてはこれまでも専門家によって繰り返し発信されているわけで,どうもそれだけで問題が解決しそうにないという問題意識も広まりつつあります。おそらくは,受け取る側の不安や怒りといった感情を背景とした認知の歪みも要因なのでしょう。そのあたりの話に関しては本書でも一章を費やしていて,個人的には一番の肝であり,そして気配りを要するところではないかと思いました。

「誰もが医療デマに騙されることのない世の中」を実現しようとするのであれば,科学の言葉が通じなくなる背景を理解しておかなければならない,と私は思いました。

P207 第四章 それでも私たちは、「医療デマ」に巻き込まれる

  この章では,科学技術への疑念からいわゆる「スピリチュアル系」に代表される科学に批判的な言説が生じた経緯を取り上げています。当方含め医療者には目の敵にされがちですが,「科学」と「非科学」という二項対立が分断を助長することはあっても,科学の言葉が届かない問題の解決に寄与しないのもまた確かでしょう。現実的な着地点としては,少なくとも現時点の科学水準でデマと判明している情報は,それによって被害を生じる可能性が高い以上許容しない,という点だけでも共有したいところですが…。

胃瘻造設数が減った理由は?

「終末期」のため口から食事が取れなくなった状況での人工栄養という選択肢について,朝日新聞で取り上げられていました(有料記事ですが登録すれば1日1記事のみ無料で閲覧できます)。

「(胃瘻を作るのに)おなかに穴を開けるのが嫌だ」と仰っていた方が結局は経鼻経管栄養・身体抑制という実例の紹介で,そこに至るまでの意思決定の経緯はどうだったのかとは思いますが,本筋とは別の記述も少し引っかかりました。

寝たきりの患者が胃ろうにすれば、入院費だけで年数百万円かかる。国は批判を背景に14年、胃ろう造設の報酬を約10万円から約6万円(別途加算あり)まで引き下げた。その結果、16年6月の造設数は3827件と、5年間で半減した。

当方の観測範囲では,確かに胃瘻が造設される機会は年々減っていますが,2014年の診療報酬改定での点数切り下げより以前からその傾向はあった筈です。記事中にも2010年以降の造設数がグラフになっていますが,気になったので自分でもデータにあたってみました。

毎年6月の診療報酬請求が政府統計として保存されているのでそこから胃瘻造設術の回数を拾いました(担当者が代わるためか数年おきにデータの形式や分類が微妙に違っていて,探すのには結構手間がかかりました)。集計したデータをグラフにしたのがこちらになります。

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胃瘻造設術の報酬切り下げが2014年4月ですが,造設数そのものは2007年頃をピークに一貫して減少傾向で,2014年を境に急激に少なくなったとはいえません。少なくとも客観的データからは,報酬が下げられた結果として胃瘻を作らなくなったという解釈は難しそうです。

別の要因としては,2010年頃からマスメディアで胃瘻のネガティブな側面が何度か取り上げられていたという背景が挙げられます。当ブログでも過去にそうした報道について書いています。

胃瘻の是非に関する当方の意見は基本的にこの記事に書いたとおりですが,いずれにしても,胃瘻は「不自然」であり避けるべきものであるという風潮が社会の中に生じたことは強く感じられました。回復する見込みがないのに延命治療に至っている現実に対して社会的背景を掘り下げて議論するのではなく,象徴としての胃瘻を槍玉にあげるだけでは,結局は本記事で紹介されたように胃瘻は回避しても代替手段としてより苦痛の大きな経鼻経管栄養を選ぶことになってしまうのでは…と思います。

 

2017年のまとめ

結局今年もほとんど更新せずに終わってしまいました。年始のエントリと年末の本エントリ,あとは読書感想が1本。昨年の実績ゼロよりはましですが…。それでも恒例(?)ですので「今年の一冊」「今年の一本」を挙げておきます。正直今年どんな本を読んだりどんな映画を見たのか定かではなく,あとで振り返るためにもエントリに残しておけばいい…ということは分かっているのですがなかなか。

 今年の一冊
はっぴーえんど 1 (ビッグコミックス)

はっぴーえんど 1 (ビッグコミックス)

 

 掲載誌の「ビックコミック」は近藤誠氏が原作を担当した某作品で物議を醸したのはまだ記憶に新しいところですが,この作品は自宅で最期を迎える人たち,そして支える医療者を過剰に美化することなく,かつ後味の悪さも感じさせず,先の近藤作品と(比べるのも気が引けますが)同じ媒体,しかも同じ担当編集者とは思えないくらい良質なものでした。

本当は一冊挙げるとしたら「教養としての社会保障」と思ったのですがせっかく別にエントリをあげているのでここでは本作を紹介する次第です。

今年の一本

 最近は映画といっても観るのはアマゾンプライムの旧作ばかりになってしまいましたが,そんな中でたまたまレンタルして見た今年の作品です。ファーストコンタクトものということで,どうしても相手の出方とかその後の展開が気になってしまいますが,本作ではそもそも相手は本当にコミュニケーションするつもりがあるのかを探る過程を丁寧に描いていて好感を持てます。実際仕事でもプライベートでも,コニュニケーションが噛み合わないと感じた場合,そもそも相手にコミュニケーションする意志があるのかどうか…という場面は少なくないわけで,「話せば分かる」のはあくまで結果論に過ぎないのですよね。

というわけで来年は,年末エントリのためにも本や映画の感想をできるだけ残すようにしたいものです。今年一年ありがとうございました。来年も懲りずに訪問して頂けると幸いです。