脳死肺移植後に広範な脳障害を来して最終的に死亡という不幸な転帰に至ったケースについて,たしか3月頃に術者と麻酔科医が書類送検されたとの記事を読んだ覚えがあったのですが,報道では詳細が分からず評価を保留していました。この件についてMedical Research Information Center(MRIC)のサイトに興味深い記事があったので引用させていただきます。
MRIC:臨時 vol 46 「マスコミが報道しない京都大学脳死肺移植手術事件の一面」
内部情報ではなくあくまで公開された情報ですが,病院側の事後対応をまとめるとこんな感じのようです。
- H18年3月手術施行。術後意識障害に陥る。
- まもなく関係者による危機管理会議を開催。→原因ははっきりせず。
- 外部の専門家を含めた事例調査委員会を立ち上げて調査を開始。あわせて肺移植手術の自粛を決定。
- H18年10月,事例調査報告書が病院長に提出された。全脳虚血発生の原因は次の(1)(2)(3)が複合的に関与しているとの見解に至る。
- (1)部分体外循環といえる状態での肺換気の停止による非酸素化血の頭蓋内への流入
- (2)体外循環後半に発症した血圧低下
- (3)早期の復温や呼吸性アルカリ血症が脳虚血を助長した可能性
- 術中の患者管理に関する指揮命令系統や、診療科間での意思疎通、肺移植チーム全体としての総合力に改善すべき点があった。
- 上記(1)(2)(3)は、いずれも全身管理の責任者が不明確となった時間帯に発生しており、そのことが全脳虚血の早期発見の妨げになった可能性がある。
- 病院は報告書の内容を患者ご家族に説明し、謝罪を行った。
- 報告書の「再発防止に向けた改善策の提言」を実践していくことを表明。同年12月より心臓血管外科は手術を自粛。
- 病院はこの件について川端警察署、左京保健所、京都府、京都市、近畿厚生局ならびに文部科学省への報告等も行った。
- 時期は不明であるが患者御家族との示談も成立したようである。
手術がH18年3月,亡くなったのが同年10月ですから,病院側としては事故早期より原因究明と再発防止に向けて動いています。内部調査が困難であることにより外部専門科を加えた調査に切り替え,事故の直接の原因とそれを誘発した診療体制の問題を指摘しています。病院はその内容を公開した上で,患者側に謝罪し,再発防止策を提示しています。示談が成立していることより,患者側も対応にはある程度納得していると思われます。
これまで検察・警察が「医療事故には司法の介入が必要」と主張していたのは,医療側に自ら事故の原因を究明する努力が不足しているとか,情報を隠蔽するとか,遺族への説明が不十分で納得していないといったことが根拠だったと理解しています。しかし今回のケースではこうした点は指摘できず,明らかな過誤や故意も認められませんから,刑事事件として立件する根拠も意義もないと考えます。
まだ起訴か不起訴か判明していない時点で評価するのは早すぎるかも知れません。しかし送検した以上は,警察は医療機関側の原因究明・再発予防の努力をまったく信用していないということですし,万が一起訴なんていうことにでもなれば,検察も同様ということになります。原因を究明して対策を立てても事故が起きれば介入するということですから,医療側としてはどうしようもありません。だとすれば,この記事の結びにあるように,
今回の事件は図らずも、医療事故への刑事司法介入について、その正当性の主張をゆるがすものとなったといえよう。
ということになりますし,当然そんな馬鹿なことはないだろうという希望的観測は抱いている訳ですが,今後の動向には充分な注意が必要と思われます。